おすすめは何ですか?
日が伸びてきたな。
梅雨が明け、もう19時だというのにお店の外はまだ明るい。
小さいころ、時計を見ないで外で遊んでいて、気が付いたら門限を過ぎていた。”お日さまを時計代わりにしてはいけない”。母に怒られながらそんなことを考えていたことを覚えている。
”いらっしゃいませ”
他の店員の声が聞こえ、持っていたコーヒー豆を放り投げてレジに向かう。
お待たせいたしました、と注文を伺うと思ってもみなかった質問が飛んできた。
「おすすめはどれ?」
出た。たまにくるこの質問。答えに困るこの質問。
とりあえず、まず最初に考えなければならないのは、”どの立場でこの質問に答えるか”だ。店員としてか、お客さまとしてか。
店員としてなら、きっとマニュアルに従うべきなのだろう。新商品とか、季節の限定商品とかをサジェストする。
”この間新発売されたのがこのサンドウィッチで、野菜たっぷりでとてもさっぱり食べられますよ。ドリンクだと、このフローズンが夏限定でとてもおすすめです!”
どのお客さまに対してもこのフレーズを言うことになる。
一方お客さまとしてなら、もっと自由に答えられる。今日の天気や気候。質問をしているお客さまの様子、これらを考慮して一人一人違ったオススメを言うだろう。
例えば、外が暑くてお客さまも汗をかいている様子だったら、冷たいドリンクを推奨するし、パソコンや資料を持っていて長居しそうなお客さまなら、店内は寒いから夏でも暖かいドリンクを推奨する。
私はどちらかというとお客さま側の立場で答えるほうが好きだ。
それはきっと、自分が質問をする立場だったらお客さまの立場で答えてもらったほうが嬉しいからだ。
自分のことを考えてくれてるほうがいいし、新商品を言うならロボットだってできる。人間がレジをしている利点をここで生かさないでどうするんだ。
よって、今回もお客さまの立場で答えることにした。
お客さまはおじいさん。外は蒸し暑かったのを覚えている。きっと休憩のためにこのカフェに入ったのだろう。
「今日は暑いですよね。だからこのドリンクとかはさっぱりしていておすすめです。あと、甘いのがお好きならこの商品もとてもおすすめです!」
後ろにお客さまが並んでいたので、”どういうのがお好きですか?”という逆質問で探りを入れるのはやめて、簡潔に話した。
おじいさんは私のオススメを聞き終えると、即答した。
「ホットティー」
ん?聞き間違えか?少し顔を寄せて再度聞く。
「ホットティー」
声を1.5倍くらいに大きくして、また答えてくれた。
「ホットティーですね、かしこまりました」
きっとマスクがなければ私の引きつっていた口が露わになっていただろう。
目だけは必死に細めて笑顔を取り繕う。心なしか喉から出る声も、いつもより2トーンくらい高くなっている。動揺を悟られないように必死に自分を作る。
お会計をしながら必死に脳内を整理する。
なにか、間違えたのだろうか。冷たいドリンクはお気に召さなかったのか。甘いのは好きじゃなかったのか。
まだまだ修行が足りないな。確かに、一目見ただけでそのお客様のことを分かりきった気になってはいけないよな。
「おすすめは何ですか?」
やっぱりこの質問に答えるのは難しい。
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