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物との出会いは運命を大事にしたい

あと1週間で大好きなバイトの先輩の「スター」が辞めてしまう。

受験が終わって、もう4か月近く経つのか。事務所にあるカレンダーを見ると、かわいい柴犬と目が合う。

復帰してから、あっという間だった。私がいない間に入ったバイトの人ともだいぶ打ち解けることができて、少しだけ立場が上になって、でも私が上に上がるということは、その分私の先輩たちがいなくなるということだ

スターがいなくなったら、開店当初のメンバーは2歳上に2人と同学年に1人のみ。20人近くいた人たちは気が付いたらこんなにいなくなってしまっていたのだ。

壁にもたれかかり、天井を見つめる。思わずため息が出てしまった。急いで吐いた息を吸い込む。

昔から「ため息をつくと幸せが逃げる」という妙なジンクスをばかばかしいと思いながらも信じている。我ながら子どもだと思う。

「人の上に立つ人間」「サポート役に回る人間」の2つに分けるとすると、スターは確実に前者だ。そして、私の2歳上の先輩2人と私は圧倒的に後者。

要するに、スターがいなくなるとバイトを引っ張ってくれる人がいなくなってしまう。もともとスター1人に頼っていたのがおかしい話なのだが、今更それを考えてもどうしようもない。

またため息が出そうになるのを堪えて、スケジュール帳を開く。

スターにプレゼントを贈りたい。

プレゼントを「買わなければ」ではなく、プレゼントを「贈りたい」という気持ちに駆られるのは、スターの人柄のおかげなのだろう。

お目当ての品はもう決まっている。ここ最近ずっと考えて、生み出した結論は眼鏡ケースだ。

年上の男性にプレゼントをした経験などない私には、さっぱり何をプレゼントすればいいかがわからなかった。そこで私は記憶をたどり、ヒントを探した。

思い出せ。スターはどんな人だ。

おしゃれには無頓着。使っている文房具などの物にもこだわりを感じられない。どちらかというとすべてに年季を感じられるから、物持ちがいい人なのだと思う。

きっと何をあげても喜んでくれる姿が想像できるが、もうひと捻りほしい。

普通の物をあげるのはつまらない。ネクタイとか、ペンとか、多分そういう物のほうが使いやすいのだろうが、他の人と被るのは嫌だし、どうせならインパクトを与えたい

そんな中思いついたのが眼鏡ケース。スターはたまに銀縁のスリムタイプの眼鏡をかけている。

眼鏡ケースは、自分では良いものは買わないけど、貰ったら嬉しいし、使いやすい。これしかない、私の心に刺さった。

どんな形?どんな色?

色は何を送るにしても、もともと決めていた。「緑」。スターが好きな色であり、大人で清潔感のあるスターにぴったりの色

そこでひとまず、ネットで調べてみる。

眼鏡ケース 緑 🔎

そこに出てきたのは、様々な形の眼鏡ケース。普通の箱型。革などでできたソフトケース。大きく分けてもこの2つで、大きさや素材、口の形などでまたさらに細かく分岐する。

写真で見ても全然どんなものか分からない。これは、実際に自分の目で確かめて買う必要があるな。

先ほど開いたスケジュール帳を確認すると、買いに行ける日は明日しかない。明日、近所のデパートに見に行こう。

初見でいいと思ったもの以外買いたくない

基本的に感覚タイプの私は、よく衝動買いをする。初めて見ていいなと思うものはそんなに多くないのだが、そういう出会いがあると、「これは運命だ」と感じて買ってしまう

大体そういう買い物の仕方をして後悔したことはない。私のこういう時の勘は信頼していいといぬのは、私の経験則だ。

さて、今日も運命の出会いを求めて、この繁華街に繰り出したのだが、どうも長袖で来たのは間違いだったらしい。背中にじんわりと汗がにじむ。

最初は眼鏡屋さんを見る。zoff、JINS、、私が知っている眼鏡屋さんをすべて見て回るが、私が求める高級な眼鏡ケースは眼鏡屋さんにはないことがわかった。

次はブランド物を責めてみる。Paul Smith  、Agnes b 、、知っている限り、私の予算に収まりそうなブランドショップを見てみるが、眼鏡ケースを取り扱っているところはなかった。

次に革製品を取り扱っているクラフトショップに行ってみる。良さそうな眼鏡ケースがいくつかあるものの、運命は感じられない。

また場所を変えて探す必要があるかもしれないと思い、ダメもとで”ロフト”に向かう。また革製品を取り扱っているコーナーに向かうが、運命は待ち受けていなかった。

諦めようか。店内マップを見たときに、ある文字が目に入った。

眼鏡ケース

一つ下の階に取り扱っている専門のコーナーがあるらしい。全く予想していなか文字に反応して、私の足は即座に階段へと向かっていた。

運命の出会い

異質な空間がそこにはあった。普通なら、にぎやかで明るいはずのロフトだが、眼鏡ケースがある空間は灰色のコンクリートに囲まれた、静かな空間。お客様もほとんどいない。

眼鏡ケースはショウケースに入っていた。そこまで多くない品数だが、様々な種類の眼鏡ケースがそこにはあった。

目を落とした瞬間、真っ白な革のデザインの眼鏡ケースが目に入ってきた。よく見ると、表面は白い牛革で、ちらっと見える裏地が、くすみがかった緑色をしていることがわかった。

私の心がこれだと言っている。

私の心が”運命”だと言っている。

店員さんに頼んで手に取らせてもらう。即座にこの品を選んだ私は、店員さんから見れば、まるでお目当ての品がもともとこれであったかのように映っただろう。

違う。私はこれと、たった今、初めて出会った。

実際に手に取ると、思っていたよりも軽くて、思っていたよりも硬かった。「コーティングされているから、ほかのソフトケースよりも多少丈夫ですよ」と店員さんが教えてくれる。

言葉を聞いてすぐに笑顔で返答する。

「これ、プレゼント用でいただきたいんですけど」

出会って1分もったたないうちに購入を決定した。

プレゼントを渡す当日

デパートの包み紙で包まれるのは少しダサいと思ったので、ラッピングは自分ですることにした。カフェでギフトの包み方を、最近主婦さんに教えてもらったばかりだ。

リボンをかけ、メッセージを書く。本当は送別会当日に渡そうかとも思ったのだが、周りの人に私がスターにプレゼントを贈るところを見られたくなかった。明日の朝にこっそり渡そう。


いつもより早く起きて、スターよりも早くお店に着くように向かった。はずなのに、鍵が、開いてる、、?

恐る恐るドアを開けると、スターがいた。

「あれ、おはよう、はやくない??」

はい。私はあなたよりも早くお店に着きたかったので、いつもより早く来ました。それなのになんで、わたしよりも早くお店にいるんでしょうか。

「おはようございます。なんとなくです~~」

仕方がない、直接渡すか。本当はテーブルに置いておいて、びっくりさせようと思ったのに。。

ソファー席に座っているスターのもとに近づいていく。

「これ、どうぞ」

わざとらしい笑顔を作って、真っ白な紙に包まれた箱を渡す。緑色のリボンが少しだけ曲がっているのを見ると、私のラッピング技術もまだまだだなと思う。

「えー!なに!?これ、いいの??」

大げさに反応するスターはまるでサンタさんからプレゼントをもらった子供のようなワクワク顔をしている。

「ふふ、開けてみてください」

恐る恐るスターが紙をはがし、なんだろ~といいながら箱を開ける。真っ白な紙、真っ白な箱から出てきたのは、

「え、これ、眼鏡ケース??」

「そうですよ~」

「すごい!俺、だって、今使ってるの、眼鏡買った時についてきたやつだよ?いきなりこんなにグレードアップしちゃっていいの?」

そういいながらもまじまじと眼鏡ケースを見つめている。

「超かっこいいよ、ありがとう、大事に使う」

ああ、その言葉だけで、十分だ。選んだ甲斐がある。運命を信じてよかった。

「スペインにも持って行ってくださいね」

改めてありがとうと言うスターの手に握られた白と緑の眼鏡ケースは、私の知る誰よりも、スターによく似合っていた。

〜エッセイ⑫〜

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