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物語『はじまりのハイヒール』

朝起きて窓を開け、空を見上げる。
最近のルーティーン。

この間までキンと澄んだような空だったはずなのに、温かみのある青さを感じるようになった。
頬を撫でるそよ風も、針から綿毛に変わった。
風と空は同じはずなのに、なんでだろう。

ふと浮かんだ疑問に、姪っ子の「なんで地球はまあるいの?」という質問を思い出してふっと笑みがこぼれた。

大きく伸びをして、息を吸い込むとほんのりとした鼻のむずつきを感じた。

クローゼットの前に立って今日の服を選ぶ。

無意識に手にとったのは光沢のあるさらさらとした質感の白いブラウスと、淡い色の花柄のスカート。

目の前で組み合わせながら、頭に浮かんだのは週末に買ったハイヒールだ。

3年ぶりに買った8.5cmのハイヒール。地元ではヒールの靴しか履かなかったのに、上京してからスニーカーやフラットシューズばかりになった。

みんなヒールでどうやって生活してるんだろう…

ずっとそう思っていたけれど、田舎者の私には無理なんだと決めつけていた。

きっかけは、先週のランチでスーパーの話になった時の一言。
「今日、○○スーパーが安いんだけどヒールで来ちゃったから行けないのよね」

みんなの話を聞いていると、帰りに寄り道をしたり、少しでも歩く予定があったりする場合はフラットシューズで来て職場でヒールに履き替えるんだそう。ヒールででかけられる範囲の話になってようやく、私が歩きすぎなのだと気付いた。

人のことには敏感なくせに、自分のことには鈍感らしい。
気になっているくせに、自覚がないから、口には出さない。でも、気になってるから自分で色々調べていて、ある日突然行動に移してみたりするのが私の癖なんだと思う。

彼女のように、パッと浮かんだことを世間話で呟けばいいだけなのに…
ゼミの仲間や友達の「定期的に確認しないと、何してるかわからないからな」という声が耳の奥に響いた。

身支度を整え、シューズボックスからまだ裏の汚れていないハイヒールを取り出す。

スエード地の青は、さっき見上げた空の色と似ていた。

今日はこれを袋に入れて持って行き、職場で履き替える算段だ。いつものスニーカーを履きながら、昨日見たドラマのテーマソングを口ずさむ。

ハイヒールを袋に入れながら、プライベート用に色違いで買ったレモン色を、彼とのディナーに履いて行こうとふと思った。

最寄りのバス停に向かいながら、彼にメッセージを送る。

「来週、近場で中華が食べたいな」


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