113.駅前の映画館

本稿は、2019/10/05に掲載した記事の再録です。

中学生の時、駅前に名画座ができました。それまでは寂びれた裏通りにポルノ映画専門館はありましたが、今度の映画館は名画を上映するらしいと学校で評判になりました。

こけら落としは「風と共に去りぬ」だといいます。なんでも名作中の名作なのだそうです。映画史に残るような名作を駅前で観られるなんてスゴイと男子も女子もみんな興奮していました。

土曜日の午後、クラスの仲良し女子5、6人で一緒に観に行こうということになりました。お昼ご飯を食べたら近所で待ち合わせする約束をしました。

スキップする勢いで家に帰り、お昼ご飯をかき込みながら、母に今からみんなで映画館に名作を観に行くと話したら、普段は放任主義の母が突然「子ども同士で映画館なんていう危ないところへは行ってはダメ」だと言い出しました。

危ないっていってもセッコたちとみんなで行くんだよ、「風と共に去りぬ」なんだよ、名作中の名作なんだよ、クラスの子みんな行くんだよ。母を説得しようと色々と試みましたが、母は、とにかく「映画館は不良の巣窟」という確たる信念があるようで、どうしても許してくれません。

いつもは駅前のデパートの特設会場に来る麻丘めぐみや、中条きよしや鹿内孝、野口五郎などの歌手を観に行くと言っても笑顔で送り出してくれたのに、今回ばかりはどうしても許してくれません。

うちには門限もなかったし、友人の家に泊まりに行きたいと言えば、許可を得るというより事前報告さえすればフリーパスだったのに、今回は絶対にダメだといいます。

結局、名作「風と共に去りぬ」がそれほど観たいのならば、明日ママが一緒に行ってあげるから、とにかく今日のお友だちとの約束は断りなさいと言われ、泣く泣く断りの電話を入れました。


翌日曜日、母は約束どおり、映画館へ連れて行ってくれました。さすがに長蛇の列ができていました。

列の最後尾について並んでいる面々を見渡すと、昨日の私たちのような中学生女子のグループや、ジーンズを履いた男子の2人組、文庫本を手に並んでいるような若者ばかりで、全体的に青っぽく見えました。

母は拍子抜けした表情で「あら不良なんていないじゃない」と、それがまるで私の責任であるかのようにいうと「大丈夫みたいだからママは帰るわね」と私をひとり列に残し母はすたすたと帰って行きました。

まさかの展開に唖然とし、昨日セッコたちと一緒に来ればみんな一緒でもっと楽しかったし、そもそもその方がよっぽど安全だったのにと思いつつ、私はそのまま列に並び続け、ひとりで「風と共に去りぬ」を観ることになりました。

美しい主人公スカーレット、その彼女のコルセットを締上げる黒人召使いマミーのチャーミングな表情、愛するアシュリーの帰還に瞳を輝かせて走り出すメラニーの姿、緑色のカーテンドレス、階段から転げ落ちたスカーレットを両腕に抱えるレッド・バトラー、愛娘の落馬事故死、メラニーの強さと優しさ。アトランタの大火災をかいくぐる逃避行、激化する南北戦争を背景に圧倒的な場面の連続でした。

そして、荒廃した大地で毅然と立ち上がるスカーレット。“Tomorrow is another day. ”という台詞と共に、ティーンエイジャーになりたての私にとって、初めて映画館で観た映画は、あらゆる場面が脳裏に焼きつきました。

しかしなんといってもその日最大収穫は、「映画はひとりで観るに限る」ということを学んだことでした。


<再録にあたって>
「夏休みこども映画大会」のように親に連れて行ってもらう映画ではなく、初めて大人の映画を観たのが「風と共に去りぬ」でした。それがいきなり一人で観ることとなってしまい、この映画の記憶は強烈に残っています。

私は主にフランス映画や欧州の映画ばかり観てきて、誰もが知っているような大ヒット映画をあまり観てきませんでした。それでも「風と共に去りぬ」には、たくさん観てきたフランス映画負けないくらい大きな影響を受けました。

でもやっぱり一番の影響は、ひとりで映画を観る楽しさを味わったことだと思っています。


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