猫も杓子もモルテンミカサ
「馬鹿が!!
そがんと猫でん杓子でん出来るったい!」
体育館の真ん中で監督から怒鳴られた。
小学5年生の夏、
一向にうまくならないミニバスケットボールの練習試合中だった。
私はシュートもパス回しも
ドリブルさえも下手くそで、
唯一ちょっと褒められたのがピボットだった。
ピボットとは
片足を軸に固定し、
体の方向を自由に変えながら
相手の攻撃を交わし
ボールを保持するステップだ。
練習時に褒められたピボットだったので
その日はやたらと多用した。
パスも回さずドリブルもせず
私のピボットステップを見よ
とばかりにバレリーナの様に舞った。
その時に「馬鹿が!!」と
チームメイトの公然で監督から叫ばれたのだ。
ボールを保持して30秒以内にシュートを
打つのがルールなのに
半分以上私1人でステップを舞っていたのだ。
帰宅してどうしても納得のいかなかった私は
母に聞いた。
「お母さん、杓子ってなん?」
「ああ?杓子って、しゃもじの事よ。」
しゃもじ。
猫はまだギリわかる。
猫の手も借りたいって言うぐらいだから
まだ使いようがあるんだろう。
いや使えないだろうけど、そういう比喩方だ。
でもさ、しゃもじ。
しゃもじは無いじゃん、手足。
そもそも物じゃん。
私の頭の中にしゃもじがピボットステップを
踏んでる映像が浮かんだ。
…大体、監督は杓子の意味わかってんのかな。
と、自分がやってのけた過ちを反省せず
監督を心配したりした。
そしてこのことわざを普及させた
誰か知らん先人に妙なイラ立ちを覚えた。
他にも同じような事がある。
「だってもヘチマもないでしょ!」
と言われても今なんでヘチマが出てくんだ
と真剣に思う。
何故ヘチマが選抜された。
カボチャでもいいやんか。
「いい加減にしなさい!!」
耳で聞くと
「いーかげんにしなさい!」
だが、文字にすると上記のようになる。
今私が怒られてるのは、
その「いい加減」を越して「デタラメ加減」に
なっていたんだろう。
しかしその加減は人それぞれじゃないか?
ただお風呂のお湯加減ならみな共通の
「いい加減〜🎶♨️」だ。
「ちゃんと聞いとるとか!!!」
また体育館の真ん中で監督から怒られた。
私は大人が怒っている時、
受け止めたくない現実から
しばしば遠くへ意識を飛ばす子どもだった。
バスケットは下手くそのまま
小学校を卒業した。
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