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ある視点 オオカミの選択  book review

『パップという名の犬』
ジル・ルイス・作
さくまゆみこ・訳
評論社

 犬は人とともに生活するようになった最古の動物といわれている。どういった経緯でオオカミから分かれ、犬になったのか?
 冒頭、ひとつの仮説が示される。
 犬の世界には、母犬が生まれた子犬たちに必ず聞かせる物語があるという。それは犬の歴史そのもので、著者の視点でもある。
 かつて人間とオオカミは対等で、争いもなくおたがいが敬遠していた。氷河期になると獲物が不足して争いが起きるが、両者は生き延びるため力を合わせ乗り切った。
 氷河期が過ぎるとオオカミの多くは、また森に戻って行った。このとき、森に戻らず人間と暮らすことを選んだオオカミがいた。彼はオオカミとして生きるより、人間とともに犬として生きることを選んだ。人間が好きだったからだ。このとき人間と犬の間には愛と信頼の強い絆があった。
 もしも、人間がこの絆を忘れるようなことがあっても、母犬は信じ続けるようにと子犬たちには語って聞かせる。

 子犬のパップは、大好きな男の子が眠っている間に連れ出され『しかばね横丁』に置き去りにされる。首輪を外され捨てられたのだ。途方に暮れるパップを助けたのは野良犬のフレンチだった。
 彼について駅のねぐらにいくと、そこには様々な理由で飼い主に捨てられたり、ひどい仕打ちから逃げてきた犬たちがいた。
 フレンチブルドッグのフレンチは、仲間おもいで頼りになる存在だが、話したくない過去もあるようだ。
 ラブラドールのサフィは繁殖犬にさせられ、年老いて捨てられた。フォックスハウンドのレイナードには片目がない。キツネ狩に役立たず銃弾で撃ち抜かれたという。
 レックスは闘犬として相手を殺すよう訓練されたピットブルテリアだ。ボーダーコリーのマール、ボクサーのクラウンも理解のない飼い主に捨てられたようだった。
 そして、リーダーのレディ・フィフィはジャックラッセルテリアとシーズのミックスで、遊びに飽きたおもちゃのようにハンドバックに入れて捨てられた。
 パップはジャーマンセパードとベルジアンマリノアの血が入っている。今は子犬でも、じきに大きくなり群の力になる。
 総勢八匹の犬たちは、犬種もその過去も様々だった。人間に対する考え方も違う。これからはパップも野良犬として、彼らと生きていかなければならない。大好きな男の子はどこにいるのかもわからい。
 野良犬としての生き方を、フレンチはパップに教えてくれる。都会の片隅で食べ物を手に入れ、濡れない場所で眠る。一度野良犬になると、人間とは親しくできない。姿を見られると危険だ。通報されたら『犬さらい』がかけつけ捕まってしまう。他の犬との縄張り争いもある。安全な場所などどこにもない。
 物語が進むにつれ、彼らの過去が、人間の残酷さが見えてくる。なぜ人間を噛んではいけないのか? レイナードは何に怯えているのか? なぜレックスは人間を憎むのか?

 それでも彼らは心のどこかで、人間を信じている。自分の人間を持ちたいと思っている。闘犬だったレックスでさえ、心のどこかで人間を求めている。犬の性がそうさせるのだ。彼らがオオカミに戻ることはない。
 人間は選ばれた、その責任がある。それをパップの男の子が、身をもって教えてくれる。だから地上にいる間だけ、犬は人間の側にいてくれるのだ。

同人誌『季節風』掲載 2023 夏

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