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読むことは、思考すること book review

『図書館にいたユニコーン』
マイケル・モーパーゴ・著
おびかゆうこ・訳
徳間書店

 私は、父から勉強や習い事を強いられた記憶がない。子どもの頃から繰り返し言われた言葉は『新聞と本を読みなさい』だった。今思うと、知らず知らずのうちに、読むことは良いことだと刷り込まれたのかもしれないが、今もって日常の習慣になっている。そして、私が今の私でいるのは、このせいかもと、思ったりもする。

 今、新聞を読む人は確実に減っている。それは通勤の車内でも実感する。私の職場でも、まず、文字を読む人がいない。それでも業界新聞や冊子は、日々、回覧される。でも見ないし、読まない。なぜだろう…。そもそも読むという習慣がない。では、読まなければ何か弊害があるのかと言えば、これが大いにある。考えない。この一言に尽きる。

 本書は、本の持つ力を信じている人たちの物語だ。これまでに繰り返し書かれたテーマでもある。それでも書かれるのは、書かずにはいられないからだろう。

 舞台は山と森に囲まれた静かな村。トマスは村にあるものを何だって知っている。そして、村の人たちもみんな、彼のことを知っている。トマスは山や森が大好きだった。

 教会の礼拝と学校は嫌いだ。学校のことで、父は寛大だけど、母はそうじゃなかった。何かと口実をつくり、さぼろうとしても、いつも見抜かれてしまう。

 村には図書館もあり、新しく来た司書さんは、お話が上手だと評判らしい。トマスは母から半ば強引に連れて行かれた。しぶしぶ図書館に入った彼は、まるで生きているようなユニコーンに出会う。今にも立ち上がりそうなその姿と、きれいな司書の女性、そしてその語りに、一気に魅せられる。

 司書はユニコーンの背中にすわって、お話を始めた。足もとのカバンには、ぎっしり本が詰まっている。大切な宝物だそうだ。彼女の話はおもしろく、いつまでも、ずっと聞いていたくなる。図書館での初日は、あっという間に過ぎてしまい、翌日からトマスは図書館に通い始める。

 本との出会いは、人との出会いでもある。差し出してくれた人、また、本の中や向こう側にも人がいる。直接、会わなくても、それは感じるものだ。

 作中、司書はこんな話をする。国の支配者は、物語や詩の力を恐れたと。彼らは、自分たちと同じように考え、同じことを信じて、言われた通りにして欲しい。前提を踏まえれば、読書は危険だ。

 子どもの頃、私の問いに父はこうこたえた。『新聞を読む』のは、社会を知るため。『本を読む』のは、自分以外の人間を知るため。今思えば、なんてシンプルなこたえだろう。問いかけが続いても、最後はここに着地する。

 本を読むことは、つきつめれば他者に出会うことだと、ある社会学者が書いていた。自分から遠く離れた異なる他者を知れば知るほど、本当の自分を理解することができると。本は自己理解のための最適な道具だとも。

 社会とは何かと問うと、人間が生きている場所だと父はこたえた。自分が生きている場所のことぐらい知っていなさい、と。小学生にこんなことがわかるだろうか? でも、覚えているのはなぜだろう…。

 この言葉の意味を知るのは、もっとずっとずっと後のことで、解るとは、なんと時間のかかることだと、笑ってしまう。覚えているのは、私にとって意味があったからだと、今さらのように実感している。

同人誌『季節風』掲載  2022.11 加筆


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