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朝の片隅で about books no.4

ここ数年、読書量がめっきり減った。
忙しいと言ってしまえばそれまでだけれど、とにかく余裕がない。
読み物が新聞と仕事関連の資料だけでは、精神的に良くない。
数日前から朝の10~15分ほど、本を読みはじめた。
出勤前のあわただしい時間の隙間に、キッチンの窓辺に立ってコーヒーを飲みながら、数ページだけ読む。
8:30には家を出るので、着替えを済ませバックも玄関に置いて出られる体勢を整え、本のページを開く。

『アルタイの片隅で』李娟・著
舞台は遊牧民が暮らすアルタイの大地。
著者の体験が描かれているようだけれど、私は物語として読んでいた。
フィクションでも、ノンフィクションでも、エッセイでも、なんでもいい。
ここに描かれているのは、遊牧地方での暮らしだった。
雑貨屋を兼ねた洋裁店を営む母と娘、そして、その地で暮らす人たちの日常。
人は生きているだけで様々な出会い、出来事に遭遇する。
朝起きて、朝食を食べ、店を開け、客が来れば対応する。
客の身体を採寸して、布を断ち、ミシンをかけ、日々の作業は繰り返される。
そのひとつひとつが、言葉になると美しく尊い。
人の本質はどこにいても、それほど変わらないかもしれない。

私は無意識のうちに、一節を声に出して読んでいた。
音読なんて、何年、いや何十年ぶりだろう。
知らない土地や暮らしが、目の前に浮かんでくる。
声に出して読むことと、目で読むこととは違う感覚があった。

ふと、昔のことを思い出した。
二十数年前のことだ。
当時、私には役者志望のルームメイトがいた。
その人は、いつも声に出して雑誌や本を読んでいた。
その声は大きくて、たまに同じところを、何度か繰り返した。
抑揚をつけ、情感を込めて、動作を交えながら声色も変えたりした。
聞く気がなくても耳にとどいて、私はかなり迷惑だった。
あの頃を思い出して、なぜかひとり笑ってしまう。
本当に迷惑だった。

朝のささやかな時間は、すぐに終わる。
この時間が、これからも続くといいなあ。

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