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拷問人の息子 El hijo del torturadorシリーズ 主要登場人物紹介

ホルヘ・コルト(Jorge Corto)

 地球人
 地球では大国の軍人だったとされる。
 当人の弁によると「腐敗した祖国の社会を改革するため、超越した知識や秘術を求めて帝国へたどり着いた」とのことらしいが、ヒメネス枢機卿は「地球での処刑から逃げたものの深手を負い、死にかかっていたところを拾った連中のひとり」と記憶している。
 ともあれ、軍事知識や能力には見るべきものがあったため、将校として治安憲兵に配属された。しかし、巡回審問の護衛として参加した鋸歯魚の庭に対する辺境遠征で、治安憲兵が二~三〇人ほど邪教徒に首をはねられるという惨事があり、その責任を負わされたコルトは査問から脱走し、鋸歯魚の庭へ潜伏した。
 その後、コルトは鋸歯魚の庭の領主だった「大佐」を殺して同地を支配し、さらには地元の異端審問官と結託して辺境の聖女を野放しにしていたばかりか、聖女を自由にすることで水利を得ていた。また、大佐を始めとして不都合な人々の首をはねて杭に突き刺し、屋敷の周囲にならべて住民を脅している。
 コルトはクチリィェロ(血の気が多いナイフ使い)と呼ばれるほど闘いに慣れており、さらには非神子の素体を活性化させて精神の統合を失調させる拷問を心得ているなど、個人的な能力にも見るべきものがある。

 コルトはかなりの長身で、さらに名づけられざるものの妻を封印して旧帝国を崩壊に追い込んだランプ団を気取り、言い伝えに描かれるような正面のつばを跳ね上げた赤茶色の革帽子もかぶっていた。

・本編より
 コルトの顔をおおう無精ヒゲはいかにも無造作な伸ばし放題なようで、口元ともみあげはきちんと整えられ、帽子男たちのように食べかすなどぶら下げてもいない。ぷっくりと肉厚のくちびるは、いつだって皮肉な笑みを浮かべていたが、それでもヒゲを剃ればかなりの好男子であろうことは容易に想像できた。
 ただ、やや奥まった眼窩の長いまつげとくっきりした二重まぶたに飾られた瞳が放つ、ただ一片の正気も感じられない怪しげな輝きが、そのすべてを台無しにしていなければ、ではあったが。

エル・イーホ(El Hijo)

 地球人と帝国人との子供
 本編の主人公で伝説的な拷問人のエル・ハポネス、またの名をエル・ディアブロの息子で、父の後をついで帝国管区の筆頭拷問人(エル・トルトゥラドール・スプレモ=デ・ディストリト・デ・インペリオ)となったばかり。
 ひょろひょろと背が高く、妙に手足は長い。いつも顔色が悪く、無気力。ただし、性交にだけは熱心で、ひまさえあれば娼館に通いつめている。行方不明となった母の親友で娼館のマダムでもあるウルスラの愛人。

・本編(続編)より
 拷問人の息子、エル・イーホが父から受け継いだのは、金勘定のやり方と信用できる人間の見極め方、そして人間の壊し方だった。いや、正確に言えば父親からではない。早くに亡くなったとされる父に代わって、母親から叩きこまれたのである。

 拷問人としてのエル・イーホは、非力でおとなしい老人や子供、あるいは清廉にして高潔との世評ある人物への拷問を遠まわしに避けようとする『軟弱な拷問人』のひとりである。それどころか、相手をえり好みするという、拷問人としては致命的な評価すらささやかれている。ただ、流血など外見的な身体損傷をともなわない拷問に対する感覚は並はずれたものがあったがゆえに、血を極端に忌み嫌う異端審問では欠点が顕在化せず、むしろ好都合ですらあった。

メルガール(Julio Francisco Amado Melgar)

 非神子へ転生した帝国人
 機械化異端審問官(ラ・インキシドーラ・メカニサダ)の少佐(コマンダンテ)で、以前はエル・イーホの父であるエル・ディアブロの相方ような存在だった。だが、なんらかの事情で致命傷を負い、たまたまエル・ディアブロが保有していた非神子の素体へ転生している。最近、治安憲兵(グアルディア・シビル)と異端審問の合同捜査本部が立ち上がり、メルガールは私服捜査部(ウニダード・ベスティードス・デ・パイサノ)の一員として機械化異端審問官の階級を与えられた。
 非神子たちはすべて同じ外見をしているが、メルガールも華奢な少女の姿である。
 また、非神子は不老不死にして食事や睡眠、排泄も不要で、奇跡術者(ミラへレーロ)としての能力も常人をはるかに超えている。もちろん、メルガールの奇跡術能力も素晴らしいが、異端審問官としては二流もいいところで、メルセデスやヘルトルーデスが尻拭いしたことも一度や二度ではない。

・本編(続編)より

「ねぇメルセデス、そんな調子でよく務まってきたね。メルガールはさ」
 おそらくは誰もが当然のように抱くであろう疑問を口に出したエル・イーホに、メルセデスは「そう思うでしょうね」と、意味のない言葉を返す。
 やや間をおいて、メルセデスはエル・イーホに顔を向けながら、言葉を選ぶように「理由はふたつある」と説明し始めた。
「まず、ひとつは卓越した彼の奇跡術(ミラグロ)がある。特に転送術は帝国きっての腕前だから、それだけでも兄弟団の中ではたいへんな人物ですよ。なにせ、マルメロ程度なら願訴人(ケレランテ)なしでも転送できるし、精度もすばらしい。百発百中というか、視界内ならまず外したことがないほど。加えて転送距離も目を見張るものがあるらしいしね」
 エル・イーホは驚きに目を見張る。それにしても願訴人不在で転送するなど、それがマルメロ程度であっても、文字通りの奇跡ではないか。
「でも、むしろそれほどの能力があるなら、奇跡術をよりいっそう極めるのでは?」
 メルセデスは『いい質問だ』と言わんばかりに人差し指を立てながら、さらに説明を続ける。
「そう、彼には学院での研究がふさわしかったと思うし、もしかしたらかつてはそうだったのかもしれない。学院には奇跡術しか取り柄のないクズもいっぱいいるし、そいつらに比べたらメルガールはましなほうだとさえ思う。でも、少なくとも私が最初に知ったときは、既に掃除屋だったから」
「掃除屋?」
「兄弟団の内部で都合の悪い人間を始末する。それが掃除屋。メルガールは掃除屋だったのよ」
「異端審問官じゃなくて? だいたい、兄弟団に逆らう連中なら異端審問にかければ済むじゃないですか?」
「もちろん、建前ではそういうことになっているし、可能ならそうしてた」
 実際、エル・イーホ自身がこれまで拷問してきた被疑者の多くは様々な理由で兄弟団と対立し、告発によって異端として審問にかけられた人々であった。
 告発……?
「つまり、告発されざる……異端……を、審問によらず……掃除していた」
「そういうこと」
 メルセデスは嬉しげにほほ笑むと細身の葉巻をくわえ、マッチで慎重に火を付けた。
 エル・イーホは紫煙の向こうにかすむメルセデスへ「でも、メルガールが前からあんな調子だったら、うまく掃除できないと思います。たとえ転送術の天才であったとしても」と、ふたたび当然の疑問を口にする。
「でしょうね。事実、うまくいってなかったらしい。でも、先代のエル・ディアブロと組むようになってから、状況は一変したらしい」
「メルセデスは父と組む前のこと……」
「知らない」
 メルセデスはエル・イーホの言葉を切って、そっけなく答えた。
 そして、メルセデスによればメルガールは情報だけではなく、日程や物品の管理もできないというか、そもそも管理という概念すら持ち合わせていないらしく、父母もそうとう手を焼いていたという。結局、特に秘密情報に関しては都度『誓約』を立てることとし、そのほかについてはメルセデスたちが一切を管理していたと。
「そういえば、司祭たちは誰もがそういうところありますよね。多かれ少なかれ」
「うん、そもそも物品や金銭については『奇跡術で複製も転送も自在』だから、管理しようって概念がないらしい。だから、寺院にも審問院にも帳簿の類は全くない。さすがに日課や暦は管理するけど、学院ですら記録より記憶なんだな」
 メルセデスの言葉に、エル・イーホも深くうなずいた。なにしろ、思い当たる節はたんまりある。むしろ、司祭たちは積極的に物事や日付、情報の管理を忌避するような、そんなそぶりすら見せることが多々あった。
「どうしてそんなことになったのでしょうね?」
「さぁ? ただ、司祭たちは『帳簿を人間に教えたのはユゴスよりのもの』だと信じているようでね。また、暦や時間に縛られるのは地球人(テリンゴ)の悪習だとも」
 兄弟団の司祭たちは時として話す言葉すら異なり、寺院の内側は文字通り『異世界』の感があった。いつか、ヒメネス枢機卿が『兄弟団は帝国の一部にあらず。それは帝国に重なる世界そのものである』と語っていたが、それは彼や兄弟団の傲慢さから生じたものではなく、単に現状を率直に述べただけにすぎないのは、エル・イーホにも容易に理解できた。だからこそ、兄弟団の手先として仕事をこなしつつも、エル・イーホにとってはどこか遠い、自分とは関わりのない人々のように思えていたし、また組織の中で誰がどのような役割を果たそうと、関心を持とうとしなかったところがある。
 ただ、自分とはあまりにも異質で、理解しがたい組織、人々であればこそ、裏仕事に向いているとは思い難いメルガールであっても、なにか役にたつところがあったのではないか? 少なくとも、エル・イーホには推測すらできない評価基準で有能とみなされていたのであろうことは、ほぼ間違いないように思えた。
「結局、兄弟団の中では有能で、かつ掃除屋にむいているとみなされた。そういうことですね」
「そういうこと。そして、実際にうまくやっていたと思う。エル・ディアブロとメルガールはね」
「パレハとして?」
 メルセデスは答えを口にせず、ただ静かにうなずいた。

メルセデス・イトゥルビデ(Mercedes Iturbide Hearst)

 地球人と帝国人との子供
 エル・ディアブロの代から勤めている秘書。もじゃもじゃ頭を雑に結いあげた暗褐色の顔に金縁の丸メガネ、花柄の袖カバーが定番の仕事姿。だが、レンズの奥に控える瞳の妖しげな輝きの深さには、そのとぼけた柔らかさを打ち消してなお余りある底知れなさがある。エル・イーホはメルセデスに頭が上がらない。

ヘルトルーデス・カブレーラ(Hertrudez Cabrera)

 地球人と帝国人との子供
 エル・ディアブロの代から勤めていたメイド。燃えるような赤毛の持ち主。上背こそないものの、小山のような体格で声も大きい。怪力と言ってもよいほどの筋力を誇り、さらにマチェーテを自在に操る。射撃の腕前も名人級で、料理も得意。本人によると、それらは従軍経験によって培われたようだが、当時のことはほとんど語らず、恋人のメルセデスですら詳細を知らない。

エリオガァバロ(Heliogábalo)

 帝国人
 エル・ディアブロの代から勤めていた執事で、本名はイツマトゥル・ペレス・ゴメス(Itzamatul perez gomez)。ただし、エル・ディアブロが後述する女の週からエリオガァバロと名付けた。生真面目で融通の効かない性分で、家中でも馬鹿正直とみなされているが、他家との交渉なども含め執事としての役割はそつなくこなす。
 小柄で痩せ型なこともあり、年齢よりもはるかに若く見える。また、数ヶ月に一度、女装して過ごす『女の週』という恒例行事がある。女の週の間、当人はエリオガァバロもイツマトゥルもペレスもゴメスもかわいくないとして、その時々に考えた女の名を称し、やたらと飲み食いしまくる。そして料理を食べつくし、まだ足りないといって娼館へ出かけてしまう。なぜなら拷問人に仕える者であるがゆえ、近所の料理屋はもちろん、屋台や居酒屋などでも飲み食いできず、娼館へ出かけるしかないのだ。

・本編(続編)より

 娼館では支払いさえ先に済ませるなら拷問人にもわけ隔てなく酒食を供し、もちろん色ごと遊びもふくめてすべては金次第という、形を変えた聖域ではあった。だが、それでも性質の悪い客がよからぬ悪戯を仕掛けることが多々あり、おだてられてぐでんぐでんに酔わされた挙句、男たちに尻や口を手ひどく犯されたこともしばしばだった。

ドクトルあるいはドクトル=グェ(Doctor Güe)

 帝国人
 フルネームはドクトル=グェジトン・グェ(Doctor Güellton Güe)。
 黄衣王の寺院を離れた後もなお純潔を保ち、奇跡術師として活動することを許された人々がおり、彼らは司祭ではなくドクトルの尊称で呼ばれる。ドクトル・グェもそう言った奇跡術師のひとりで、卓越した奇跡能力を持ちながらも、とある事情で寺院から離れざるを得なかった人物だ。

・本編より

 ドクトルが言うように仕事着(トラへ・デ・ファエナ)と呼ばれてはいるものの、それは名のみの洗練された衣装だった。現に当世風の襟と袖口をピンと糊付けし、曇りもシミもない純白のシャツに、しっとりとつやのある生地で仕立てた細身のぴったりしたチョッキ(チャレコス)を小粋に着こなした姿は、そのまま祝祭の盛装といっても通りそうなほどだ。
 几帳面に整えられた髭が包む細いあごに高い鷲鼻、対照的に深く落ちくぼんだ眼窩、その奥に宿るやや垂れた目の柔らかさは、穏やかな人柄とすぐれた知性を感じさせ、落ち着いた調子の声や話し方と相まって、会う人すべてに良い印象を与えていた。もし、顔に破約の印がなかったら、裕福な大地主といっても疑う者はいなかっただろう。
 だが、彼の額にくっきりと浮かびあがる邪な目の印、それは誓約の奇跡に背いた破約の証であり、なにかを裏切った過去を背負うものに他ならなかった。
 破約の印を持つものは黄衣王の寺院や黄印の兄弟団、官公庁のほか、地域の共同体からも徹底的に排除され、もちろんまともな職は得られない。また、化粧などで印を隠すことは死罪となるため、ほとんどの破約者は放浪しつつ乞食として野垂れ死ぬ運命だった。
 ドクトル・グェも破約者として放浪していたようなのだが、エル・イーホがまだ少年の面影を残していたころ、筆頭拷問人代理の母がどこからか連れてきて働くようになっていた。最初は館に住まわせていたのだが、数年前から近所で独り暮らしをしている。
 ドクトル・グェがいかなる誓約に背いたのか、エル・イーホは知らない。
 かつて母がそれとなく教えてくれたのは、ドクトル・グェが漏らしてはならぬ秘密を漏らしてしまい、そのために彼が仕えていた主人が死に追いやられたらしい。

ロベルト・パブロス(Roberto Pablos)

 帝国人
 黄印の兄弟団で重要な役職を任されていた聖職者。女性信徒との醜聞がうわさされたこともあるが、皇帝の側近でもある公爵の弟だったため処刑は免れ、僻地での司牧活動という名目で事実上の追放刑とされた。
 兄弟団の司祭として叙任される前の信用度判定が記録的に悪い数値を示しており、具体的には正直さも忠誠心も共感力も持ち合わせておらず、自制心も皆無に等しいとされている。その割に虚栄心や自尊心が過剰で、他者攻撃性に衝動性も強く、さらに言えば奇跡術者としての能力も一般信徒未満で、聖職者としては全く不向きであるとして、特に金銭や資源、人材の管理には関与させるべきでないとの結果が出ていた。

ゴンサーロ・ヒメネス枢機卿(El cardenal Gonzalo Jiménez)

 帝国人
 異端審問長官にして帝国における黄色の印の兄弟団の実質的なトップ
 帝国出身者で、黄色の印の兄弟団(別項)においては帝国における実質的な意思決定権を握っているが、もちろんクンヤンから来た不死の人間には頭が上がらない。
 奇跡術師としての能力は程々で、天候制御などの大規模奇跡は経験がない。
 治癒、治療系の奇跡術を得意としており、奇跡術による堕胎や人工非神子の制作に関しても少なからぬ知識を有しているが、本人はどちらも禁忌としており、そのことを口にだすことすら稀である。
 他方、物質転移などは不得意なので、連絡などは秘書に頼ることが多く、極秘書類の転送を秘書任せにして、クンヤンから来た不死の人間からそれとなく釘を差されたことがある。
 ヒメネスは教会改革や治安維持の功績を認められ、枢機卿へ推挙されるとともに異端審問長官に就任した。敵対者への過酷な取り締まりと処罰で恐れられたヒメネスだが、黄色の印の兄弟団を通じてクンヤンの進んだ科学技術や文化も吸収しており、強い反動的思想の持ち主ではなかった。また、実際に素行や審問に問題があった審問官の解雇をも積極的に行っている。とはいえ、彼は異端審問の改革を志向する一方で、審問官の権限拡大、特に捜査権や逮捕権の整備にも大きな関心を抱いていた。
 ただし、ヒメネスが異端審問官に捜査権獲得を求めて創設した機械化異端審問官制度は警察との強い軋轢を産み、彼の死後まもなく治安憲兵の部門として吸収されることとなるが、それはまた別の物語であろう。

人物名など表記一覧

エル・ハポネス
El Japonés

エル・ディアブロ
El Diablo

帝国管区筆頭拷問人
エル・トルトゥラドール・スプレモ=デ・ディストリト・デ・インペリオ
El torturador supremo de Distrito de imperio

ウルスラ
Ursula

機械化異端審問官
エル・インキシドール・メカニサド
El Inquisidor mecanizado

ただし、メルガールは女性形で呼ばれることも多い
ラ・インキシドーラ・メカニサダ
La Inquisidora mecanizada

少佐
コマンダンテ
Comandante

治安憲兵
グアルディア・シビル
Guardia Civil

私服捜査部
ウニダード・ベスティードス・デ・パイサノ
Unidad Vestidos de Paisano

奇跡術者
ミラへレーロ
Milagrero

奇跡術
ミラグロ
Milagro

願訴人
ケレランテ
Querelante

地球人
テリンゴ
Terringo

仕事着
トラへ・デ・ファエナ
Traje de faena

チョッキ
チャレコス
Chalecos

クチリィェロ
血の気が多いナイフ使い
Cuchillero

¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!