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サブカル大蔵経189内澤旬子『飼い喰い』(岩波書店)

日本で飼養され、出荷され食べられていった、すべての豚たちに、この本を捧げる。p.2 

家畜にとっての天寿とは何なのか。p.5

内澤さんは、身辺に起こる問題を綴った多様な著作がありますが、前回の西牟田さんの作品にも本を整理処分している方のひとりとしても登場しています。少し時期もリンクしています。

本書は、周りの専門家に助けを借りながら豚を実際に飼育して、食べることが、ハードボイルド的な筆致で綴られていきます。実際に飼うと驚きの連続であり、3匹の豚と内澤さんの〈交流〉が描かれていきます。

豚はちゃんと飼うと、犬よりかわいいよ。飼ってる時はいいけど、屠畜場に送るんだから、相当残るよ。後々まで引きずるかもよ。p.9

豚の赤ちゃんの誕生から始まります。

精液、三頭分とって、混ぜてしまう。その方が精子の動きが活発になるから。基本的に父は不明。p.43

生まれるそばから死んでいく豚に対面することでなにかが変わった。今自分が圧倒されているのは、生まれることの、死と隣り合わせの、文字通り紙一重の、どうしようもないはかなさだ。p.62

現代で食べることを前提に動物を飼うこと。それか、いのち、生命、肉食、屠殺、職人、たくさんのことに拡がり驚きました。

伸の目つきは三頭のうちでもいちばん人間に近い。ビデオを向けるとピッと人の顔判別機能が動いてしまう。p.131

なんで豚に名前をつけたんだよ…。加瀬さんは私のことを鬼だ、鬼だと。p.137

イルカ食べるの?ああ、大根と煮るのよ、周りの反応を聞けば聞くほど、何がかわいそうで何がかわいそうでないか、わからなくなる。p.140

オートメーションではない飼育。豚の身体と性格が細かく伝えられていきます。三匹なのが、本書のキモでしょうか。

やっぱり夢が、印象的なのだ。取っ組み合いしたし、底意地の悪く頭のいい感じが、喰べてやるという気にさせるではないか。p.174

自分の屠殺日がわかるのか、餌も水も飲まない。p.176

バカなのかなあというくらい反応が薄かった秀が甘えてくるようになった。かわいくなってしまった。困った。屠畜まで後1ヵ月もないというのに。p.204

夢ちゃん、あたしとここで一緒に住んじゃおうか。と思えてきた。p.220

本で泣いたことはほぼないのですが、この本は、読むたびに同じところで、いつもグッときます。三匹目のブタ秀をギリギリで飼おうか逡巡するところです。

私は正気に戻った。やっぱり、おまえを、喰べよう。p.222

背後で秀と伸が叫ぶ。来ちゃダメと言っているようだ。p.223

もうここからは涙が出てきます。お涙頂戴を拒否した内容だからこそ涙を誘います。

ぜひ本書を冒頭から読まれてから以下を読んでいただきたいです。

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加瀬さんはかわいそうだと電棒を使いたがらない。彼らのいつもの作業に、かわいそう、を持ち込んでしまって、ほんとうに申し訳なくなった。p.227

 単なる物見湯山の書き手ではない心配り。

バナナで誘導する。うっわ豚ってバナナ食うんすか。手から食べてるよ!!すっげーp.227

伸と夢の背中は真っ赤になっていた。思わず駆け寄ってまたバナナをやった。p.229

 このとっさの駆け寄りがたまらない。

私の豚。はじめて口にした言葉に、我ながら不思議だが、大変誇らしい気持ちが湧いてきた。p.232

 内澤さんが母になった

薄暗いトンネルを進んでくる秀の顔があった。前脚をぶらつかせて、はわわっと焦りながら、私に気がついたような、顔をした。そうではないのかもしれないけれど、そう思えてしまった。(中略)ただ、秀のはわわっとした顔だけが、ちょっとせつなかった。p.235

 この「はわわっ」というオノマトペは内澤さんしか書けないと思いました。書いてもいけないと思いました。

消費者に売れるのはたったの23キロ。血は衛生検査所で許可してくれなかった。p.246

一年かけて育てた豚が2万円…p.255

 単なる涙ものではない本書。畜産業界のプロと厳しさと矜恃を伝えてくれる。

帰ってきてくれた。夢も秀も伸も、殺して肉にして、それでこの世からいなくなったのではない。私のところに戻ってきてくれた。今、三頭は私の中にちゃんといる。これからもずっと一緒だ。私が死ぬまで私の中にずっと一緒にいてくれる。p.277

 この一節書けるの、世界で内澤旬子だけなんだろうと思った。

 私はずっと豚の本を買い続けています。

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