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サブカル大蔵経360山田風太郎『山田風太郎傑作大全18 魔軍の通過』(廣済堂文庫)


 幕末期水戸藩の内乱・天狗党の乱を丁寧に追い綴った大傑作。これを超える悲惨でおそろしい作品は思い浮かびません。

そのいくさが、何のためのいくさなんだか、私にはわからない。いくら考えても、あの水戸のいくさはわかりません。尊王だの攘夷だのなんて、どこへ行ってしまったのです?p.279

 根幹の問題を登場人物に叫ばせる。人が命をかけたものが、こうまで変わりゆき、あっさりと覆される私たちの世界。

それにしても、これほど徹底して見当ちがいのエネルギーの浪費、これほど虚しい人間群の血と涙の浪費の例が、未来は知らず少なくともこれまでの歴史上ほかにあったろうか。p.36

世界史に残る事件を風太郎が浮かび上げました。それは関係者への追悼であり、未だ気づかない我々の世界への弔辞のような。

忍法もトリックも無理な飛躍もないのに、読めば読むほどどうして…という展開。それにしても、あらためて山田風太郎という作家は、どれだけこちら側の正邪の概念をゆらすのか。人間を描けるのか。

〈僕を罰してくれ!ぼくも殺してくれ!〉

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海の見える那珂湊から旅をはじめ、海の見えない土地ばかり二百余里、五十日間を歩き続けたいわゆる「天狗長征」は、最後は捕虜として、この海の見える敦賀で終わりを告げたのでござります。p.262

死ぬまでに、この史跡巡りをしたいです。

昭和51年六月、作者は、天狗党行軍のコースを辿ってみた。p.103谷汲温泉のタクシーの運転手がすべて、そんな道の存在を知らず…p.227/あの人間わざとは思われない山と雪の苦闘は、まったく無意味な愚行に過ぎなかったのです。p.251

時折、著者自身が、天狗党の行路をロケ取材した印象を差し込んできます。珍しく強引な挿入。そのくらい思い入れがあるように感じられました。クールな風太郎が、唯一感情を込めた、書かずにはおられなかった物語ではないかと、感じています。

藤田小四郎、桂小五郎と東西相呼応して攘夷運動を起こすことを打ち合わせていた。西の長州が敗れ、東の天狗党も潰えるという結果。p.38/それにしても薩長はそれをいいことにして水戸にはそ知らぬ顔をして自分たちだけで政府を独占した。p.328

 冒頭と末尾で対比されるかたや現代まで天下取りの続く長州と全て絶えた水戸藩。

天狗党の幹部、初の脱走者。まんまと生き延びました。維新となると名を薄井龍之と改め、北海道開拓使の役人として姿を現わし、札幌建設に関わり、町の一角に自分の姓の字を一字とって薄野とつけた。p.175

 逃げた奴も逃さない歴史探偵・風太郎。そこに奇譚がまた生まれていく。

これを慶喜公はあっさり了承された。p.266

 この一文の残酷を書く為の今迄の文章。

慶喜公はご自分一個の保身のために千人の命を見捨てられましたが、しかしこれは人間と言う物の常態でもあります。p.269/ちょうどこの間、4月から7月まで最後の将軍慶喜公は、江戸を去り水戸に引退し、弘道館で謹慎されていたのですが、この骨肉相食む地獄のような水戸の様相をいかなる思いで見ておられたのでありましょうか。p.301

 慶喜許すまじ。来年草なぎ、お覚悟を。

一挙に352人死刑に処せられたという事件はほかに聞いたことがありません。p.272

 逆に何故か知られていない。事件そのものを日本という国が抹殺したかったのか。

これが斬罪というのが第二のショックでありました。我々は言うまでもなく武士として当然の切腹を期待していたのでございます。p.273

 たたみかける悲涙

こんどは実に百三十四人が斬られました。翌十六日には、百二人斬られました。これはもう人間世界の刑罰ではない。獣類の屠殺であります。いえ、魚の料理でござります。p.285

 人間扱いされない数と速度の執行

敦賀とは、ただ血の炎にけぶった土地p.286

 呪われた場所になってしまう。

この3ヶ月の間に、さらにその鰊蔵の中で30数名が死亡しておりました。p.287

 本作でこの蔵が一番印象に残りました。

なんとまあ、こんどは諸生党の長征が始まったのです。p.298

 盛者必衰の繰り返し。

まさに白鬼の血笑といった感がありました。p.299/3、4年前の女のように優しい顔立ちをしていた武田金次郎だけを知っていた人々には、それが魔人と化して帰還してきたように感じだそうですが、魔人にも変わるでしょう。p.300

 これくらい魔人の称号に説得力あるケースを見たことがないです。

天狗党の長征は2ヶ月ですが、市川勢は国を出てから半年以上です。/この根性を何と言うべきか、我が敵ながらあっぱれと言うしかありませぬ。p.303

 主人公の天狗党より敵の方が苦労した。

ここに明治の革命の不思議さがある。いやそれが日本人の革命だとすると、その中で敵対者を皆殺しにせずにはおかなかった水戸の内戦の方が不思議だと言うことになるかもしれない。p.315

 なぜ水戸だけが。遠い国の世界のよう。

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