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【書籍紹介/海外文学】在日コリアン4世代にわたる大河ドラマ(ショートバージョン)

こんにちは。
突然ですが、私は大阪出身で、ご近所さんにとても仲の良い家族がいて家族ぐるみでお付き合いがあったのですが、ご夫婦で名字が違っていて子どもながらにちょっと不思議に感じていました(いまでは割と普通かもしれませんが)。
そのご家族は在日コリアンで、コリアンは夫婦でも妻と夫で姓が違うのは当たり前なんだということを、その時学びました。
私達家族は、そのご家族と一緒に「ハギ・ハッキョ」や「チュギ・ハッキョ」といったコリアン文化のお祭りに連れて行ってもらっていました。
もう忘れてしまったのですが、私はそこでハングルを学び、自分の名前を書けるようになりましたし、チマ・チョゴリを着たりコマ遊びをしたりしました。
一度だけですが、そのご近所さんのご親族を訪ねて母と二人、済州島に行ったこともあります。大人になってからは、父に連れられて生野の朝鮮学校(今はもうなくなってしまったようですが)の文化祭に焼肉を食べに行ったりしました。

今から思い返せば在日コリアンとの関わりがそれなりにあったんだなと思うのですが、東北に移住してからは特に、そんなことすっかり忘れてしまっていました。

だけど今回紹介する本を読むと過去の記憶が一気に蘇ってきて、多かれ少なかれ私自身も在日コリアンの人たちに育ててもらったと言えるんじゃないかという気がしてきたのです。

というわけで前置きが長くなってしまったのですが、今回紹介するのはこの作品です。


『パチンコ』上・下 ミン・ジン・リー

著者はコリアン系アメリカ人で、英語で書かれた作品です。
彼女は在日コリアンという存在を後から学んで知るのですが、膨大な取材のなせる業なのか、作品に登場する在日コリアン達がものすごくリアルで、読み始めは在日コリアンによるオート・フィクションかなと思うくらいです。

物語は韓国併合中の1910年釜山の離島から始まります。
決して裕福ではないが下宿屋で何とか生計を立てているソンジャと母親。
ハンスという裕福な男がソンジャを見初めたところから、全ての物語が始まるのです。
この偶然の出会いが、ソンジャを戦時中の大阪へ向かわせます。
強烈な貧困と差別、それに戦時下の思想統制や密告の恐怖を耐え抜き、懸命機に生きるソンジャ。彼女の息子は横浜へ。そして孫はアメリカへ。
1910年から1970年まで、日中戦争・第二次世界大戦・大阪大空襲・原爆投下・朝鮮戦争・朝鮮特需・バブル景気……激動の時代を生きた在日コリアン四代にわたる大河ドラマから、祖国を失い外国で生きる”ディアスポラ”の人々の現実を痛みをもって知ることができました。

といっても、ソンジャ達は相対的にものすごく恵まれていたと言えるかもしれません。
彼女にはひたむきに努力したり才覚を発揮する能力があり、頑健な肉体が備わっていました。また、彼女の周りには思いやりのある優しい夫がいたり、劣悪な労働環境とはいえ日本企業で工場長を務めていた義理の兄がいたり、女優のように美しい義理の姉がいました。
また、ソンジャに惚れたハンスは(在日コリアンとしては極めて例外的に)非常に裕福で、彼女や息子たちを経済的に支えようと奮闘します。
こうした強固な社会関係資本に支えられて、彼女の息子世代は経済的には貧困を脱却します。

しかし、「在日コリアン」というレッテルは最後の最後、ソンジャの孫世代まで影を落とし続けます。物語の最後まで。

つまり、これが戦争の代償だと思うのです。一度でも《支配-被支配》の関係が生み出されてしまったら、何十年経ってもそこから抜け出せなくなるかもしれない。何百・何千もの人間の人生を変えてしまうかもしれない。
この作品はその恐ろしさを読者に教えてくれます。

それからもうひとつ。
小さい頃の私が接したコリアン文化は、かつて私の国が蹂躙し抹消しようとしたものであり、にも関わらず人々の手で大切に守られ続け子孫に受け継がれ、奇跡的に存続したものなのだということを、改めて気付かされたのでした。

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