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田中一光さんの別荘で出会った照明器具  |DOMANI 1976

 田中一光さんといえば泣く子も黙るグラフィックデザイナーである。山中湖半の僕の別荘の近くに安藤忠雄君の設計した田中別荘があって、よくそこで集まったものだ。木々の間に突き出した木製のバルコニーがあってそこにこのドマーニがおいてあった。「一光さん、ありがとうございます。」というとびっくりしている。僕のデザインとは知らなかったのだ。

 ガラスの本体の上部にスイッチと電気の導入部が一体化してあって、それがゴムでできている。ガラス本体の床に接するところにもまたゴムが巻いてある。乳白色のガラス製でベランダの足元を照らしている。ある種のフロア用の照明器具である。
 デザインは黒くて柔らかいゴムと美しい乳白色のガラスの対立的融合というべきだろうか。それに、そもそも、ガラスの鋭角的で割れやすい素材とそれをそっと押さえてガラスを保護する弾力的な素材の視覚的には対立的なのだが機能的な相性の良さがこのデザインの背後にある。
 僕はゴムを照明器具の部品としてよく使っている。電気を遮断する性能があるし、ガラスやスティールを用いることの多い照明器具には利用しやすいのである。それに、半手作り的で中量生産だったことも生産上はバランスが取れていたのだろう。

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Domani (撮影:清水 昭 / Akira Shimizu)

 山中湖の賛美ヶ丘という別荘地だった。グラフックデザインの亀倉雄策さんが最初に別荘をつくった。誘われて沢山の人が集まってきた。写真家の篠山紀信さん、インテリアデザインの内山繁君、写真家の小川隆之さん、彫刻家の伊藤隆道さん、テキスタイルデザインの粟辻潔さん・・・多くのデザイン関係の人たちがいていつもいっしょに食事をしたり飲んだりしていた。
 小川隆之邸は倉俣史朗さんの設計で僕が手伝っていた。亀倉雄策邸は吉村順三さんの設計、伊藤隆道さんの別荘は山下和正さんの設計、田中一光さんの別荘は安藤忠雄君の設計、僕の別荘はもちろん僕の設計だった。まるで建築家たちの作品展みたいなものだから、何人もの建築家たちが見学に訪れる。磯崎新さんもこの別荘地を見て回って僕の別荘にも来ている。斜面にコンクリートの柱で持ち上げられている建築だったのだが、磯崎さんがこのコンクリートのピロティーの柱の型枠が紙管だと知って喜んでいた。その後の磯崎さんの設計する住宅の打ち放しの柱は全部、紙管の型枠になった。

 篠山紀信さんの別荘もあった。設計が誰だか知らないのだがちょっと高台の富士山がまるで絵葉書のように見える場所だった。写真家が絵葉書のように富士山の見える別荘はちょっと可愛相だなと心のなかで思った記憶がある。
 家族ぐるみの交流が楽しかった。内田繁の別荘は当然彼自身の設計なのだが、大きな暖炉があって、そこでよく酒を呑んだ。テニスは苦手だったから参加しなかったがこれもコミュニティーの遊び場だった。そこで過ごしたそれぞれの子供達は成長して今では立派に活躍している。どんな記憶が彼らに残っているのだろう。

 楽しい、家族ぐるみの交流だけではなく、同時にそこからいろいろなデザインの活動が始まってもいる。裏千家の現家元の次男になる伊住正和さんと田中一光さんを中心にした茶美会の活動は大きな事件だった。倉俣史朗さんと僕が一緒に設計した小川隆之さんの別荘は今はどうなっているのだろう。倉俣さんの発想の普通じゃないやり方に驚いた。彼がつくりたいのは建築の全体ではなく、建築の中心にある大きな階段だった。踏み板と蹴上が次第に変化していき、同時に階段の幅も上から下に次第に広がっていく大きな階段だった。そのためにいろいろなものを犠牲にして平気なのだ。全体のバランスではなく、その破綻を通じて主張したいことが見えてくるのだ。
 亀倉雄策さんの別荘は吉村順三さんなのだが、風呂の窓から富士山を取り込んだり、空間のディテールがきれいだった。安藤忠雄の設計による田中一光別荘はバルコニーが大きくて関東平野に典型的なナラなどの雑木が美しく生きていて、田中さんのコレクションするワインを今でも思い出す。そんなバルコニーの片隅に僕のドマーニがあった。

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Domani (撮影:清水 昭 / Akira Shimizu)

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。


タイトル作品写真:Domani (撮影:清水 昭 / Akira Shimizu)

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