お一人様クリスマス
今年のクリスマスイブは、仕事が休み。
美和の仕事は、シフト制なので、土日もお盆も正月も関係ない。
就職して5年、初めてクリスマスイブが休みになった。
でも、全く嬉しくない。
むしろ仕事の方がよかった。
毎年人にクリスマスの予定を聞かれると、
その日は仕事だから・・・
帰り遅いし、翌日も早いから、家に帰って寝るだけよ、
なんて、いかにも残念そうに言ってたけど、
こうして休みになっても何の予定もなく、一人でいつも通りの夜を過ごすだけ。
昼前まで、布団の中でゴロゴロしていた美和は、昼過ぎにようやく、食料の買い出しをするために家を出た。
お店にはクリスマスツリーが飾られ、クリスマスの音楽が流れている。
チキンやオードブル、ケーキなどが並んでいて、そうじゃないところはすでに、お節料理が並んでいる。
私は、普通に買い物がしたいのよ・・・
そんな風に思いつつ、まあそれならチキンくらい買いましょうか・・・
と小さめのローストチキンを手に取った。
その時ふと、その先の小さな赤いカップが目についた。
お一人様用クリスマスカップ
カップにはそう書かれていた。
なんだこれ?
カップにはこんな説明書きがあった。
ふたを開けて60度くらいのお湯を注いでください。
クリスマスイブの日没から、クリスマスの夜明け前までご利用できます。
お一人様でご利用ください。
こんなの買ったら、クリスマス一人ですって言ってるようなもんじゃない!
なんて思ったけど、300円という安さと、いったいどんなものなのだろう・・・という興味に負けて、美和はそのカップを買い物かごに入れた。
その日の夜、美和はチキンと共に、そのカップを小さなテーブルに置いた。
もうとっくに日は暮れている。
60度ってどれくらいだろう・・・
沸かしたお湯を、少し冷ましてから、カップの蓋を開けた。
カップの中には茶色っぽい丸い球が入っていた。
美和がカップにお湯を注いだ時だった。
熱っ!
そんな声と共にカップの中から、何かが飛び出してきた。
そして、熱すぎだよ!70度以上あったよ、絶対!
なんてぷんぷん怒っている。
それは、サンタクロースのような赤い帽子と洋服の10センチくらいの男の子でした。
美和が驚いて、その子を見つめていると、
君がご主人様だね。
初めまして
ボクはココサンタです
夜明けまでに三つの願いを叶えます。
ただし、夜明け後まで継続する願い事は叶えられません。
と言った。
え~何それ
今晩一晩だけってこと?
美和は、
半信半疑で
素敵な彼とおしゃれなディナーが食べたいなあ
なんて言ってみました。
するとココサンタは、
承知しサンタ!
と言ってくるんと宙返りしたと思ったら、ココサンタの顔がついたクリップのようになって、美和のポケットにくっついた。
気付くと美和は素敵なドレスを着て、見知らぬ素敵な男性と、高級そうなレストランにいた。
目の前には次々と美しくておいしい料理が運ばれてきた。
でも、美和は見知らぬ男性と何をしゃべっていいのかわからなかったし、緊張して食べ物をゆっくり味わうこともできなかった。
なんか違う。
やっぱり、家でゆっくり過ごした方がいいな。
ここサンタ、家に帰って、ゆっくりシャンパンでも飲みたいな。
承知サンタ!
ココサンタが宙返りをすると、美和は家に戻っていた。
目の前には、冷えたシャンパンと先ほど買ったチキンがある。
ココサンタもクリップから男の子の姿に戻っていた。
シャンパンを開けて、あんたも飲む?
美和はココサンタに聞いた。
僕は子供だから飲めないサンタ
じゃあさ、大きくなって一緒に、お話でもしながら飲もうよ。
それは三つ目のお願い事でいいサンタ?
うん、いいよ。
承知サンタ!
ココサンタが宙返りすると、ココサンタは同じ年くらいのなかなかイケメンの男性になった。
サンタの帽子は被ったままなので、なかなか可愛い。
カンパーイ!
ココサンタは、聞き上手で、気づいたら美和は、子供の頃のクリスマスの話や、仕事の話、将来の夢の話など、いつになく饒舌に話している。
気がついたら、辺りは明るくなり、美和はテーブルに突っ伏して寝ていた。
あれ?
テーブルの上には、チキンの骨と、空になったシャンパンの瓶とグラスが二個あった。
そして赤いカップの中には、冷え切ったココアが入っていて、焼いたマシュマロのようなものでできた、赤い帽子を被った男の子の顔が、ふやけて浮いていた。
よくよくカップを見ると
クリスマスココア 一人分
60度以上のお湯を入れてください。
と書いてあった。
60度以上だから、70度でもいいんじゃん。
美和はふっと笑った。
そして昨夜ココサンタに語った夢を思い出した。
そうか、私、最近自分の将来の夢なんて、最考えたことなかった。
私ずっと、雑貨屋さんをやりたいって思っていたんだったな。
あちこちで、変わった面白いものを買ってきて、小さなお店で売って…
昨夜ここサンタに自分が語っていたことを、再び思い出した。
そして引き出しの奥の方から、一冊のノートを取り出した。
そのノートの表面には
私の夢日記
と書かれていた。
そのノートは美和が高校生の頃から、
将来自分がやってみたい雑貨屋の外観や内装
売りたいものなものを、絵や言葉で書いていたものだった。
美和は、それをさっと眺めた後、最後に
おひとり様用クリスマスカップ
と書き足して、バタンとノートを閉じて、
今日も頑張ろう!
と仕事に出かけた。
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