「真似をする」「流行りに乗る」は、決して悪いことじゃないはず。

「真似」って、どちらかというとマイナスなイメージがありませんか?

私は「真似」にまつわる苦い思い出があり、人の真似をすることに強い抵抗を感じていました。

中学生のとき、仲良くしてれていた友だちに「パクリばっかしないで!」と怒られてケンカになったのです。

私としてはパクっていたつもりはなく、流行りに乗り遅れることを気にして、その子を真似していたというよりは、「世間一般の女子中学生」を真似ていたつもりだったのですが。

当時、「みきてぃは流行りに乗れてない」といわれたこともあり、どうにかついて行こうと必死だったのですが、きっと私は頑張り方を間違えてしまったんでしょう。

ケンカになった理由はそれだけではないし、女子中学生って色々敏感なお年頃だし。

でも、悪気があろうがなかろうが、「人を怒らせてしまった」という事実にショックを受けた私は、無意識のうちに「真似をすること」「流行りに乗ること」は悪だという固定観念が染み付いていました。

そんな気持ちのまま大人になった私。

見事にひねくれ、「上手くいっている人の真似をしてみたら?」と言われても、それってただのパクリじゃん!と受け入れられず、今では大大大好きな鬼滅の刃も「流行っているものは絶対に見たくない」と蓋をして、世間の盛り上がりが少し冷めた頃にようやく見始めました。

今ふり返ると、本当にもったいなかったなぁって思います。

中学時代のたった一度の失敗で、その後10年以上もこんなにも不器用に生きてきたのだから。

社会に出て仕事をし始めると、上達への近道は「デキる人の真似」です。
いや、近道というか、むしろそれをしないとただの仕事ができないヤツになる。

それに赤ちゃんだって、最初はパパママの真似から言葉を覚えるんです。

流行っているものには必ずそれだけの魅力があるし、流行りを分析すれば世の中のニーズや動向が自然と見えてくる。

だからこそ日々たくさんのビジネスが生まれ、社会が動いていくのです。

もちろん流行りを知らなくたって、真似しなくったって生きてはいけるし、あえて見ない・知らないという選択も決して間違いではありません。

でも、頭ごなしに拒否してしまうと、大切なチャンスやきっかけを見過ごしてしまう。

自分が「こうなりたい!」と思ったロールモデルとなる人は、いつか職場からいなくなってしまうかもしれないし、「鬼滅のあのシーンヤバくない?!?!」と感想をシェアしたいとき、一緒に盛り上がってくれる人はもういないかもしれないんですよね。

真似とパクリ、流行りに乗ることとミーハーの境界線ってすごく難しいし、今でもやっぱりトラウマがあるけど、これからは、もう少し心をほどいて色々なものに目を向けていきたい。

そのほうが、人生はきっと楽しい。

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