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今より少しだけ日本を良くするために考えること『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』◆書評′19#22

2019年22冊目の書評は、小熊英二さんの『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』です。

この本は、「日本社会のしくみ」について、その特徴や歴史を多面的かつ客観的に解説した大衆向けの学術書である。

ここでいう「しくみ」とは何か。

それは、単に法律や制度を指すだけでなく、もっと広い意味で、
雇用や教育や福祉、政党や地域社会、さらには「生き方」までを規定している「慣習の束」であると著者は定義している。

慣習とは、人間の行動を規定すると同時に、行動によって形成されるものである。たとえていえば、筆跡や歩き方、ペンの持ち方のようなものだ。これらは、生まれた時から遺伝子で決まっているのではなく、日々の行動の蓄積で定着する。だがいったん定着してしまうと、日々の行動を規定するようになり、変えるのはむずかしい。

たとえば、それは勤続年数を重視する賃金体系であったり、何を学んだかを重視しない学歴主義であったり、新卒一括採用定年制であったりする。

本書では、これら日本社会の慣習が、歴史的にどのような経緯で形成されたのかを解明していく。
多数の文献を基にしながら、あくまでも客観的に議論を進められており、
少なくとも、そこで安易な文化論に飛躍することはない

著者曰く、各地の「伝統文化」と称されるものの多くは、実は近代化の過程で創られてきた「新しい」ものであり、
日本の伝統文化とされるものも、明治時代以降に形成されたものが多いようだ。
(我々は様々な場面でそう結論付けてしまうが、)日本社会に特有の特徴があるとしても、それらは決して「伝統文化」や、あるいは「国民性」や「民族性」といったものの産物などではないのである。


人々は、現状を変え、少しでも社会をより良くするために議論や活動を重ねてきた。
しかし、この世に万人にとってのユートピアが存在しない以上、
それぞれの当事者たちが少しずつ何らかのマイナス面をも引き受けることに同意しなければ、改革は実現しない

その結果として形成された一連の慣習は、必ずしも彼らが当初に意図したものとはなってはいないし、後の人間からみれば不可解に感じるものも少なくない。
もしかしたら、合理的な仮定の上に組み立てた経済学の理論では説明ができないものかもしれない。

ある社会の「しくみ」とは、定着したルールの集合体である。人々の合意によって定着したものは、新たな合意を作らない限り、変更することはむずかしい。
こうしたルールは、合理的だから導入されたのではない。そもそも何が合理的で、何が効率的かは、ルールができたあとに決まる。ルールが変われば、何が合理的かも変わるのだ。

だからこそ、今の社会において非合理的な「しくみ」があるのだとしたら、我々は、参加者の合意をもって変えていかなければならない
そのためには、今の我々の行動を規定している一連の慣習が、どのような経緯で形成されたのかを知る必要があるだろう。
そのルールははじめからずっとそこにあったわけではないし、ある日突然何もないところから出現したわけでもないからだ。

確かなことは、他国の社会の長所とみえるものを、つまみ食いのようにして移入しようとしても改革は失敗するということである。
その社会に存在するあらゆる慣習は、それらが互いに影響し合って一体となっているため、そのうちのどれか一つだけでは基本的に成立しえないし、
そしてその上で、そのプラス面・マイナス面を一体として社会の合意ができているからである。

「アメリカの会社は○○なのに、日本は△△だからダメなんだ。」
これは、SNSや、あるいは居酒屋でよく見聞きする発言である。
その主張が至極妥当なものであったとしても、アメリカの会社のそれを実際に日本に移入できるかどうかはまた別の話なのだ。


最後に、本書で取り上げられているある問いを紹介しよう。

スーパーの非正規雇用で働く勤続十年のシングルマザーが、「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」と相談してきた

これに対し、あなたならどう答えるだろうか。

本書では、考えられる回答の例を3種類挙げている。
それぞれが別の価値観・哲学にもとづいていて、どれが「正しい」ということはできない。

学者は事実や歴史を検証し、可能な選択肢を示して、議論を提起することはできる。しかし最終的な選択は、社会の人々自身しか下せないのだ。


タメになる度 :★★★☆☆
文章の読み易さ:★★★☆☆
分かりやすさ :★★★★☆
総合オススメ度:★★★★☆


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