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難波の踊り手

大学の先輩に、卒業して数年後、本をもらった。
その本を久しぶりに開いて今度はちゃんと読んだ。


もう10年前にもなる。当時戸惑いながら、大学からずっと尊敬しつづけている先輩の、その彼女がるんばらしいからと、くれたものだからと丁重にいただいた著者は、中村うさぎさんだった


なぜこの本のどこがわたしなのか、聞きたくとも、もうその人はこの世にいない


数年前に小さな愛らしい息子さんと、先輩を遺して突然逝ってしまった。
一時帰国中に起きた突然の心筋梗塞で、家族が会えたときには、もう病室で白い布がかぶされていたという。先輩だけが彼女の心臓に弾丸が打ち込まれた瞬間から、最期までそばで看取れたそうだ。


彼女はだれもかれも置いてきぼりにしてしまった。


わたしの元に連絡をもらったときには
すべての事が終わった、その日
はじめは、また、冗談なのだとおもった。

しかしそんなタチの悪い冗談は、絶対にしない人
とも、わかっていた。

わたしはしばらくの間、その無念さに打ち砕かれ
パニックになり、もうどうにもなれなかった。
先輩にしばらく、電話すらかけられなかった。

自分の無念さしか見えないほど
大きなものの前で、想像すらさせてもらえなかった。


先輩は大学時代の知り合いの中でも
ズバ抜けてキレた。
ダークサイドのギリギリを、さらりとトンビのように舞い去るセンスに、どこにいても光り物だと目をかけられるような人だった。
人種も年齢も性別も超えて慕われ
一部熱烈なファンを生んだ。わたしも例外でなく。


その先輩が選んだひとを、わたしはよく掴めずにいたが、2人が2人でいると、先輩はとても穏やか
そして意地悪な普通の人になった。


この人のこういう側面を出せる人なのだと思った。
先輩にはずっとパンドラの匂いがしたから。箱の存在を知っていて、あえてつつかず、余白を数ミリ残せるテクニックがある。


そんな彼女がくれた本には
買い物依存のエッセイレポが綴られていた。
わたしは買い物依存はないが、どこに自分らしさを、彼女に感じさせたのか聞いておけばよかったと思いつつ読み進めた。


目を引いたのは、月末に支払いに追われることで生きている実感を得る。そのために借金をするというくだりだった。


たしかに、そうだったし、そうだ。

金を工面して物を買うことはなかったが
酒や快楽や人付き合いや授業の単位の全てにおいて
常になにかのレッドラインを追っていた。


そうでしたね、と 私は彼女に笑った。
彼女もまたわたしのひとりの先輩なのだ。

そうじゃろー。と、彼女は木陰のベンチで
楽しそうに笑っている気がする。


この東京の生活も悪くはない。
この環境でしか得られない機会がある。
それらの全てが近い
でもその手に入れやすさに、どこか釈然としない

その方法で手に入ることはないと思っている。

哀しきかな致し方なく、わたしの許容範囲は
とても狭くてマニアックすぎる。

人の成功体験にインスパイアされても
それと同じことはできないのだ。
きっとずっとできないとおもう。残念ながら。


いつだって無意識にまっしぐらに横道に逸れる。
食った道草を肥やしに
食べられる味を覚えているのだから仕方ない。
そうして辿り着いたのが、この家族であり
このであり、このいまのわたしなのだから。

彼女は、なぜわたしにこの本をくれたのだろう。


あんたも不器用なんよ、この人と一緒じゃけ。

彼女の木陰は、りんごの木だったようだ。
鮮やかな実りの下 笑う彼女には
エデンという言葉が添えられるに相応しい。


だから先輩と あんなに意気投合したのに
男女の関係にならなかったのかもしれない。
何度もその機会や、きっかけはあったと思うのだが
わたしも先輩もその一線を超えることは無かった。

まあ同じムジナが その線に踏み出しても
大して面白いことにはならないし
単に興味がなかったのかもしれないが。


先輩は元気だろうか。

と、またも平常運行の思いつきで電話をかけた。


先輩は息子にピノを食べさせながら、
目下は納車を楽しみにしていると嬉々と淡々と
いつものように話してくれた。

本のことは覚えておらず、近況を聞けば、
さらにご家族の介護の渦中にあるとサラリと
怒涛の波乱の数々をわたしに流してみせた。


この人は本当にどういう人なのだろうか。
わたしは思い違いをしていたんだな。
いや、あのパンドラはこういうことだったのか。


終始笑いに満ちて明るく
淡々と現実を足踏みしつづける姿
こちらが圧倒され、すごい、としか言えなかった。


慰め合いなど不要で、ただ周りを笑わせ明るくさせ
その灯りで照らされた道を歩むような
生粋の難波の踊り手だ。


したにーしたに。


などとは言う大名然してしまうのではなく
踊る阿呆に見る阿呆とばかり
その命の踊りは沿道を絶えず湧き上げる



男踊りの神聖さと力強さを。
美しさは次々とうち止むことを知らぬ花火玉。

煙の余韻など物ともせず
空を独占し、みなの視線をかっさらう。

縦横無尽にこの空に棲まう。


木陰の女性はどこからでも眺め、踊り手を包み込み
降り注ぐ渾身の傑作に今も愛されている


わたしのムダに重たい杞憂など
ひと腕の風で吹き飛ばし
彼らは永遠に愛を囁きあうのだろう。


交錯しないその2つの視線の美しさに感服し
わたしは沿道で同じ阿呆なら踊らにゃ損損
じぶんの腕をまた振り上げた。

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