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【環境問題考察】オーストラリア最大の環境問題『アダニ炭鉱開発プロジェクト』に対するソーシャルムーブメントはどのように起こっているか?

※本記事は2017年に筆者がオーストラリアのクイーンズランド州に留学した際にFacebookに投稿した文章です。

一体何が起こっているのか?

現在オーストラリアのクイーンズランド州北東部に、インドの財閥系コングロマリット企業アダニグループが世界最大規模の炭鉱を開発しようとしています。

そのプロジェクトが環境負荷、先住民の権利、観光への影響など様々な側面から問題視されています。

オーストラリアだけでなく途上国も関係する大きな問題に日本も無関係でないと感じたので、私が留学しているブリスベンのユース世代による環境保護団体Australian Youth Climate Coalition Queensland(以下AYCC)、先住民による非営利団体Seed Indigenous Youth Climate Network(以下Seed)等の団体にインタビューを行いながらこの問題をまとめてみました。

なにが問題になっているのか、オーストラリア人やインド人はどう考えているのか、なぜ若者による社会運動が成功しているのかを探りました。私の7ヶ月半のオーストラリア留学の集大成です。心残りは実際に鉱山に行けなかったことくらいでしょうか。長文になりますが、ぜひお時間あるときにお読みいただければ幸いです。

1. アダニ問題の概要

インドの財閥系コングロマリット企業アダニグループの子会社が、オーストラリアのクイーンズランド州北東部カーマイケル炭鉱の開発及び388kmの鉄道敷設、積み出し港アボットポイントの拡張を行う世界最大規模のプロジェクトを計画している。

計画自体は2011年ごろからスタートしていたが、環境アセスメントや先住権(詳しくは後述)により大幅に遅れている。世界最大の珊瑚礁であり観光地でもあるグレートバリアリーフにほど近い場所での開発であることから環境、生態系への影響が必至であること、また二酸化炭素の排出量増加につながってしまうことが最も大きな問題となっている。

そのプロジェクトに反対するソーシャルムーブメントをユース世代が率いて成功させていることも特筆すべき点である。

2. アダニ問題の背景

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インドのエネルギー需要の逼迫がこの計画の背景にはある。
13億人以上の人口を抱えるインドにおいてエネルギーを確保し、すべての国民に電力を届けることはインド政府の急務でもある。

現在、発電量の約7割は石炭火力発電に頼っており、さらに重工業の発展を受け鉄鋼原料用石炭の需要も増加している。
しかしながら、政府は再生可能エネルギーの導入を積極的に推し進めており、アダニもインドに世界最大のメガソーラーを有している。

インド人の友人は「インドのエネルギー不足を解決するために豪州で炭鉱開発を進めるのは間違っている。なぜなら気候変動により一番の被害を被るのは、電力を享受できていないインドの貧困層である。これはインド政府とオーストラリア政府による大きな矛盾をはらんだ問題である。」と語っていた。

インドの路上にて。様々な環境問題が存在する。
(インド、ヴァラナシにて撮影)


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3. アダニグループとは?

アダニグループはインドの新興財閥系コングロマリット企業である。
創設者のゴータム・アダニ氏の才覚により近年急成長を遂げた。
インドの石炭輸入の最大手であり、電力、港湾開発、不動産、流通など様々な部門を抱えている。
インドのモディ首相が長い間、州知事を務めたグジャラート州が本拠地であり、2020年までに世界最大級の鉱山会社になることを目指している。

しかしながら豪ABCニュースによると現インド政府との密接な関わりや、タックスヘイブンへの税逃れが報告されているとのことである。本事業も多数の子会社を複雑に経由し、タックスヘイブンを通すことで資金の不透明にしていると報じられている。また、アダニが本事業にかかる莫大な資金を調達できるか否かにも注目が集まっている。

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4. どんなプロジェクトなのか?

オーストラリアのクイーンズランド州北東部に位置するガガリー盆地の「カーマイケル炭鉱」を採掘するプロジェクト。
広さにしてシドニーの5倍以上の大きさである。
石炭埋蔵量は約78億トンで、開発当初は一般炭の生産を年2500万トン、最終的には6000万トンへと増加させる計画である。

2010年にアダニグループ子会社アダニマイニングが30億ドルで豪企業リンク・エナジーからこの炭鉱を買収している。
また、このカーマイケル炭鉱の開発と、それに伴う積み出し港「アボットポイント」の拡張、さらにそれらを結ぶ388kmの鉄道の敷設が計画の全容である。
2011年にはクイーンズランド政府と99年間のアボットポイントのリース契約を結び、2016年9月には同港の一部をスイス資源大手のグレンコアから買収している。
2015年には豪環境省からの条件付き認可が下りているが、州政府の許可は依然下りていない状況である。

アダニが開発する炭鉱と鉄道・港(日本経済新聞「印アダニ、豪石炭に投資 国内電力不足に対応」2017.6.7)
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5. 問題①:環境への負荷


カーマイケル炭鉱、アボットポイントのほど近くには世界最大の珊瑚礁であるグレートバリアリーフがある。
同港からの輸出石炭は70%ほど増加される見込みで、船舶数増加のために油と化学薬品の流出、港湾拡張工事による土砂の流入などによる生態系の影響が懸念される。

また、計画区域には3万1000ヘクタールに及ぶキンセイチョウ生息地があり、その保全の必要性もある。

環境への影響だけにとどまらず、グレートバリアリーフの観光業にも大きな打撃を与えてしまう可能性がある。

さらには、石炭増産により温暖化への影響が不安視されている。
国際社会が気候変動対策へと舵を切る中でそれに逆行する流れとなるだけでなく、石油など他の化石燃料と比べても環境負荷が高いことが問題である。

さらに、炭鉱開発は周辺の土壌と地下水脈に多大な影響を与えることから、カーマイケル炭鉱近辺の農家からも反対の声が上がっている。
実はカーマイケル炭鉱周辺の地下水は、クイーンズランド州を含む4州にもまたがる広大な水脈として地下で繋がっているのである。

つまり、一つの炭鉱から地下水が汚染されるだけで周辺の地下水全体に影響が出てしまうのである。
そのため、地下水を灌漑用水として使用している農家から反対の声が上がっているのである。

4州にもまたがる広大な地下水脈の地図
( University of Queensland 藤沼教授より)
※この流域の名前は『Eromanga Basin』
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6. 問題②:先住権(Native Title)

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AYCCの合宿にて撮影。
上の旗はトレス海峡諸島民、下の旗はアボリジニのシンボルフラッグ。

オーストラリアのアボリジニ等の先住民には、先住権と呼ばれる先住民が伝統的な土地とのつながりを持つとする権利が保障されている。
鉱山を開発する際に、企業はその開発地に先住権が適用されているか否かを査定し、先住権が残っていれば利害関係者との交渉が必要となる。

今回アダニが開発予定の土地にもWangan族とJagalingan族が権利を保有しているが、過去に交渉が決裂している。
先住民にとって土地とのつながりは重要であり、開発によってそれを引き剥がされることに反対の意を唱えている。

しかし、Seedのメンバーは「先住民の中にも炭鉱開発による経済的恩恵、雇用の促進のために受け入れるべきだと唱える人もいるため、コミュニティ内で議論が分かれている。」と述べていた。

さらに、日系総合商社の方の話でも「石炭の輸入先として豪州はリスクが小さいが、先住権の問題が絡むと交渉に時間を取られてしまう可能性がある。」と開発側からは一定のリスクとなっているとのことだった。

7. 市民社会による銀行への融資撤退運動について

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本問題においてオーストラリアのNPO、学生団体などの市民社会が反対運動の主流として大きな役割を果たしてきた。

アダニのプロジェクトに対してオーストラリアの4大銀行による融資が実施、検討されていたが、2017年10月現在すべての銀行が融資から撤退することを発表している。

オーストラリア人の友人は、「この4大銀行すべての撤退はオーストラリア社会にとって大きな前進であった。」と述べていた。
オーストラリアの経済成長は資源の輸出によるところが多く、政府も企業も積極的に資源産業に投資をしてきたからである。

それに対しAustralian Youth Climate Coalitionや350.orgは、アダニ石炭事業への反対キャンペーンとして各都市の銀行ATMの画面にビラを貼り付けるなど様々は反対運動を展開した。

この若者によるソーシャルムーブメントの成功の理由は、オンラインとオフラインの両面からのアプローチ明確な主張があったことが大きい。

AYCCのメンバーは「オンラインではSNSで『#STOP ADANI』を展開し、オフラインでは共通の目的を持つ団体であるAYCC, Seed, シーシェパードなどが共同でイベントを開催し、プラカード、Tシャツ、ステッカーなどを活用し若者を巻き込んでいった。」と語った。

また、「若者は気候変動の影響を直接受ける世代であるため、他の世代よりも真剣にクリエイティビティをもち活動をしている。そのため多くの人からの賛同を得られた。」とも述べていた。

さらに、この複雑な問題に対して「STOP ADANI」という一つの明確な主張を掲げることで多様なアクターを巻き込むことに成功したと考えられる。

実際にAYCCやSeedは個人や地域社会からの寄付で活動資金を調達している。
反アダニを掲げたシーシェパードのメンバーの話では、「シーシェパードの目的は『海洋の豊かな環境を守ること』であり、アダニの開発により船舶数が増加しグレートバリアリーフの珊瑚礁が破壊されてしまう。今が、オーストラリアのエネルギーを化石燃料から再生可能エネルギーに移行するときである。」とのことだった。

8. 個人的雑感

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「Adani」この名前を急にオーストラリアのニュースで見かけるようになった。
最初は何のことか全くわかっていなかったが、もともと環境問題に興味のあった私は、環境経済学の講義で詳細を聞きこの問題をもっと知りたいと思うようになった。
それからはAYCCやSeed、シーシェパードといった#stopadaniを展開する団体やオージー、インド人にこの問題について聞いてまわった。

様々な人から話を聞く度に、オーストラリア人のソーシャルムーブメントへの参加意欲の高さに驚いた。
彼らは政治が国民の手によって動くことを知っており、それを実現してきた自負を持っていた。
その運動に老若男女が集い社会をより良い方向性に進めようとしていることに純粋に私は感動したのである。

このムーブメントの場合は若者がその中心にいる。
特に大学内における活動は盛んで、学生が社会へ訴えかけることで社会を変革しようとしている。
彼らはソーシャルメディアやビラ、ステッカーなど「かっこいい」と思わせる要素を取り込むことがうまく、口コミによる波及効果を理解していた。

例えば、クイーンズランドの政治家にTwitter上で#stopadaniのハッシュタグをつけたリプライをする、事務所への抗議の手紙を送る、署名活動など様々な手法を混ぜ合わせた社会運動を仕掛けていた。

「#STOP ADANI」を通じて多様なアクターがムーブメントに参加するのは、気候変動、脱化石燃料といった社会規範がオーストラリアにおいて浸透していることの現れであるとも感じた。
また、企業も環境に対して関心が高く、上記の各銀行は気候変動に対するポリシーを持ちそれに合わせ融資の判断を下していることは、オーストラリアにおいてビジネスと持続可能性が受け入れられている証拠であると思う。

オージーの友達が「ぶっちゃけオーストラリアが発展してこれたのは天然資源と移民のおかげだと思う」とビールで顔を真っ赤にしながら話していたのはかなり印象的だった。

それだけオーストラリアの経済に影響を与えている石炭を含む資源産業とオーストラリアは今後どう向き合っていくのか。

そこにはインドだけでなく、日本も大きく関わっているように思う。
私はこの問題を調査する中で、日本の立ち位置の重要性を理解することができた。
私たち日本人は資源を他国から輸入する限り、輸入先である国に対し関心を持ち続ける責任があると思う。
日本もオーストラリアから石炭を輸入しており、多くの日系企業が炭鉱開発に投資、または直接携わっている。
また日本は現在、石炭火力発電所を増設する計画をしており、今後もオーストラリアからの石炭輸入は継続すると考えられる。日本が資源を輸入するということはその輸入先の国の環境や人々に良くも悪くも多大な影響を与えていることを知る必要があるからである。

9. インタビュー協力

Australian Youth Climate Coalition
Seed Indigenous Youth Climate Network
Sea Shepherd
Prof. Ryo Fujinuma (University of Queensland)
インド人の友達
オーストラリア人の友達

#stopadani

※本記事は2017年に筆者がオーストラリアのクイーンズランド州に留学した際にFacebookに投稿した文章です。