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私が看護師であるということ

私は看護師免許を持っている。看護系の4年制大学に入学して、地獄の実習を乗り越えて、卒論を書いて卒業して、国家試験も受けた。記憶も記録もちゃんとある。だけど誇りがない。どうにも、自信を持てない。

私の経歴はさっくり言うと、大学病院3年、保育園看護師もうすぐ1年、という感じである。

大学病院では手術も化学療法も寝たきりの方の日常生活の援助もあったので、看護の基礎の基礎は叩き込まれたと思う。しかし、あの頃は人間関係やできなすぎる自分に対して精一杯だったので、自分の中にしっかり技術や知識を落とし込んだ、という感覚がない。看護師としての自信がないのはまずそこが大きい。

このエッセイを読んでもらうと早いと思う。
自分自身に全く余裕がなかった。だんだんと先輩とのコミュニケーションにも自分から壁を作るようになり、病棟が求める"ふつうの看護師"にはなれず、2年目のときには夜勤も外された。(夜勤を外されるということは、新人と同様に手厚く教育し直されるということ)


転職してから、組織に縛られない働き方をしたいと思った。そもそも看護師も辞めようと思っていた。しかしご縁もあって今の保育園に看護師として勤務するようになった。パートさんなので休みも多く、その休みを利用してフリーランスの仕事を立ち上げようと企んでいたのだった。


自分がHSP(とても繊細な気質の人)と気づいたのは、仕事を立ち上げようと自分を知る作業をしていたときだった。
人よりも相手の機嫌を感じ取りやすい。そしてそれに影響を受けやすい。自分の体調不良も感じやすい。先読みしてベストな方法を模索しすぎて実行に移せない。

上記に共感した方はこちらの記事も読んでみてほしい。ていうかこの書籍を読んでほしい。


自分がHSPだと受け入れてから、ケータイ小説を書いていた中学生の頃の感性が戻ってきたような気がして、文章を書くようになった。それはとても楽しかった。やっと、長年思い悩んできた自分の性格が、ただの気質だったとわかって、その対処法もわかって、それを理解してくれるパートナーと暮らして、やっとやっと生きやすくなったのだ。



ここからはそんなときの話だ。
HSPと分かった途端、自分が長年蓋をしてきた感性が一気に溢れたような感覚になり、いつも以上に刺激を受け取りやすくなっていた。私はHSPの中でも、視覚からたくさんの情報・刺激を受けやすいタイプのため、定期的に真っ暗な部屋でキャンドルを焚いて休んだり、意図的にスマホやテレビから離れたり日々対処をしていたときのこと。
この頃から私の住む北海道を皮切りに、新型コロナウイルスの感染者数がぐんぐん増えていった。毎朝時間を確認するために見ている情報番組も、連日トップニュースでコロナ関連のことを扱う日々に戻っていた。そこで報道されるのは『医療現場がひっ迫している』『医療崩壊寸前』『コロナ病棟で働く看護師の悲鳴』などなど、医療従事者に関するものが多かった。とりわけ現役看護師へのインタビューなどが多く、毎日の業務の大変さがうかがえた。

HSPの私はそのニュースを見過ぎてしまった。
というよりは、そのニュースから看護師の感情を受け取りすぎてしまった。

ニュースの中でインタビューを受ける看護師の方々の言葉からは、マンパワーの足りなさが伝わった。実際、ECMOや人工呼吸器など、看護師としても高度な知識や技術が必要で、1年目のぺーぺーがすぐに扱える代物でもないし、ベテランでも経験してきた病棟によっては扱い方がわからない看護師だっている。ちなみに私は人工呼吸器は扱ったことがある。ECMOはコロナが流行ってから知ったくらいだ。

私が大学病院を退職したのは、北海道が独自に出した緊急事態宣言が解除されてから1週間ほどしたころであった。年度のはじめから決まっていた退職のため、コロナが流行るとか全く関係なく時期が来たから辞めただけ。しかし退職時の負い目は半端ではなかった。

こいつはできない後輩だ、と先輩にレッテルを貼られているように感じる。
大学病院を辞めるなんて馬鹿な子だ、と親に思われているように感じる。

そんな状況から逃げ出すための退職だった。今思えば、自分を守るためのいい決断だったと思う。

逃げるように辞めてしまった負い目から、ニュースを見る度に今コロナと戦っている看護師の皆さんに責められているような錯覚に陥ってしまったのだ。

どうして大学病院で働き続けていないの?
どうして人工呼吸器のケアをしたことあるのに病院で働いていないの?
どうして看護師なのに前線で戦っていないの?

私は少しの間、軽い抑うつ状態で何もせず寝込むようになった。あぁ、私は看護師として出来損ないなのよ、でも人工呼吸器だけは使える、それでも戻らないといけないんだろうか……頭を巡るのはそんなことばっかりだった。


せっかくHSPの自分を受け入れて、生きやすくなったのに。最近とってもハッピーだったのに。とても悲しくなった。


どうにも家事も手につかないので、同棲しているパートナーに正直に打ち明けた。最近ニュースから感情を受け取りすぎてつらいこと、人工呼吸器を使えるのに病院にいないことを責められているような気がすること、だけど看護師として自信が微塵もないこと、せっかく生きやすくなったのにこんなにつらい思いをして悲しいこと、全部言った。
彼は私のHSPという気質をしっかり理解してくれている。私と彼の間に感覚の違いがあることもわかってくれている。私がどんなふうに感じているのかを言葉にするとしっかり聞いてくれる。

彼は言った。
「そう思ってしまうのは仕方ないかもしれないけど、今だって保育園でしっかり看護師しているでしょ?日々こどもたちの命を育てているでしょ?」

はっとした。私は過去ばっかり見ていた。私は今、保育園で大切な感染予防について、毎日園内の消毒をして、手荒れしながら先生方と感染予防策について何ができるか相談しているところじゃないか。
病棟で重症者のケアをするばっかりが戦いではない。私だって、こどもたちや先生方をウイルスから守るために戦っているではないか。

実際、私が勤務する園では職員もこどもも含めて、一人も陽性者は出ていない。これを書いている現在まで、一人も。



働くことは、正直自分にとってどういうことなのかは未だにわからない。とりあえず生活するため、としか思えていない。だけど、看護師であることに少しだけ自信は持てた。場所は違っても、みんなの命を守っている。みんなの健やかな生活を祈っている。それだけは、変わらない。




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