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【小説】鴇鼠色

帰り道は彼氏の顔より空を見ていた。
「それでさ、コウタがさ……」
彼氏は楽しそうに友達の話をしている。受験シーズンだから、登校日ももう少ない。友達と話す時間は、日常から貴重なものに変わってしまう。

学校から最寄りの駅まで。私たちが会って話せるのはたったそれだけの時間だった。受験生になって、寒くなって、やっと話せる時間が少しだけ長くなった。長くなった、のに。

「志望校どんな感じ?」
いきなり顔を覗き込まれたから、とっさに半歩下がってしまった。
「え、いや、順調、かな。」
しどろもどろになってしまった。「そっか」とだけ言って彼氏は前を向いた。
「いやー、俺だめかも。」明るく取り繕っているんだろうけど、落ち込んでるのはわかってる。この3年間で、一番心を知りたいと思ってきた相手だし。


なんとなく、少しずつ、彼氏と帰る時間が長くなっていくほど、私と彼氏の距離は遠くなっていくような感覚だった。受験が、私たちの間を引き裂いていくような。

せっかくたくさん話せるようになったのに。今日は何があったとか、この前おいしそうなクレープ屋さん見つけたとか、あの映画面白そうだから見たいとか。画面の上じゃなくて、目をみて話せる時間ができたのに。

「帰ったらまず数学かな〜〜」
彼氏がここまで何を話してたか全く覚えていないけど、最寄りの駅についてしまった。目の前にそびえる階段が、永遠に見える。数歩先に彼はいるけれど、私の目は階段の、その向こうしか捉えていなかった。

私がこれから歩みたい人生は、叶えたい夢は、きっとこの階段みたいに登るしかなくって、しかもこの階段の向こうにしか”それ”はなくって。

きっとその道程には君はいなくって。


甘く濁った、グレーがかった淡い紫の空。私の心にその色が、しみた。




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