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偶然の曲がり角【1】

寄り道だらけの冬のパリ紀行二泊三日 一日目

「ルーブル美術館ですよ、えぇ。絵画が結構好きで」「いいわね。私は親戚がフランスに住んでいるから。」「パリにですか?」「ううん、バーガンディよ、ワインで有名な」…
などと隣の席の女性と話しながら、ロンドンのセント・パンクラス駅を出発したのが日曜の朝。ユーロスターに揺られ、昼にはパリのデュ・ノー駅に到着した。駅のカフェで軽く腹ごしらえをしてから、ホテルまでは歩くことにした。三十分ほどかかる道程だが、天気も良ければ景観もいい。荷物も最小限にしてきたので苦ではないだろう。オペラ座の前を通り過ぎ、大通りをいくと道の反対側になんとも可愛らしい店を見つけた。気球を模した飾りが印象的な大きな窓に、所狭しと置かれたカードやアンティーク。寄って見ると、雑貨店だった。遠慮なく店内へ、これがこの旅最初の寄り道である。


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ホテルのチェックインが済むなり、チケットを持って直ぐにルーブル美術館へと向かう。ルーブル美術館は来館者数世界一なだけあって、オンラインで予約をしていないと一時間近く並ぶ羽目になる。そんなのはごめんなので、私は二日分とも予約してプリントアウトしてきていた。予定はこうだ。一日目の今日はギリシャ/ローマ彫刻コーナーを見て、ついでに明日のための下見をする。そうすれば二日目には迷わずに西洋絵画コーナーに向かえるというわけだ。そんな事を思いながら、まだ入館予定時間まで時間があったので、ルーブル宮殿の外観を眺めていた。すると、話しかけてくる初老の男性一人。観光客というものはよく話しかけられるものだが、大抵ロクな用事ではない。物乞い?うろんな商売?無視して立ち去ろうとも思ったが、彼は流暢なフランス語を話し身なりもいい。周囲に人も多いし警備員もいる。そもそもマズくなったらチケットの時間だと言って館内に逃げこめばいい。念のため手荷物には気を払いつつも、私はしばらく彼の立ち話に付き合うことにした。
「どこから来たの?」
「日本ですよ。」
彼の表情がパッと明るくなる。
「フランス語は話せる?」
「いいえ、英語なら…」
彼は悲しそうな顔をしたが、そのままフランス語で話し続けた。すごいガッツだ。なるほど、親日家なのか。こういう人は案外多いが、彼はなかなか格が違った。生半可な日本好きではない。
「北斎、広重、歌麿…確かルーブルにも来てた事があるはず。ジャポニズムと印象派ね、オルセーにもあったんじゃないかな」
日本の浮世絵は印象派に大変な影響を与えた。この二つの美術館で展示されたことがあっても、なにもおかしくはない。
「文学も素晴らしい。村上春樹とかカズオ・イシグロ、吉本ばなな、昔のなら源氏物語とか」
おいおい、吉本ばなな知ってる非日本人初めて見たぞ。
「天皇がやめて、平成から令和になった。明仁から徳仁へ、あと雅子。」
名前まで知ってるのはすごい。私がフランス語を話せたら敬称について教えてあげたいところだが。
「コメディアン…は、あんまりよくない、北野武はあんまり好きじゃない…」
なんだそれは…。好きな事について話している人の目の輝きが私は大好きだ。言葉は分からなくても、情熱と純粋な好奇心を感じられる。最後は私に美術館のエントランスを教えてから「アリガトウ!サヨナラ!」と日本語で挨拶して去っていった。悪どい人間ではなかったようだ。一抹の清々しさを胸に、あの特長的なガラスのピラミッドとへ向かった。

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