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見れば分かる【短編小説】

今日で三回目のデート


子供じゃあるまいし、そろそろ唇くらい許してもいい。
かと言って軽く見られたくもないから、口紅は薄く、服装も控えめにしよう。

彼は年下のイケメンフリーターで、同じ寅年。

フリーターと言うと響きが悪いが、彼はとても真面目で勉強熱心だ。定職に就く為に、様々な免許を取ろうと頑張っている。

別れた元旦那に言わせたら、フリーターと言うだけで最近の若い者はと鼻で笑うかもしれないが、ろくに就職活動もせず、知り合いのいる職場に入り、だらだらと腰掛けて威張っていた元旦那よりよほどしっかりしている。

今日は軽く食事をして、その後映画を見る予定だ。

経済的に苦しい彼を気遣って、ファミレスのランチが食べたいと促した。見栄を張りたいかもしれないが、私の方からファミレスがいいとなれば、合わせざるをえないだろう。

「お待たせ。早速だけどご飯に行きましょう」


「本当にファミレスでいいんですか?」


「いいのよ。あそこのハンバーグラザニアが食べたいの」


「分かりました。それじゃ行きましょう」


彼とは旅先で出会った。


夫と別れ一人では寂しいだろうと、子供達があれこれ手を回してくれ、旅費も全部出してくれた。
子供達3人と私で、電車で二時間、さらにタクシーで1時間ほどの温泉宿に行き、久しぶりに…いや、初めてと言っていいくらい楽しかったし、心身ともに癒された。

温泉でのぼせた体を冷やそうと、日が暮れた宿の外を一人で散歩をした。

見知らぬ街は全てが新鮮で、小さな商店街や、歩道に一定間隔に設置してある街灯や木さえも特別に見え、写真でも撮ろうかと思ってしまう。


自分の住む見慣れた街は普段何も感じないが、遠く離れた所からやって来た人にとっては、こんな風に見えてるのかと思うと、少しおかしかった。

30分ほど歩いただろうか。そろそろ宿に戻ろうと踵を返すと、どの道を通ってここまで来たのか分からなくなってしまった。


携帯も持ってきてないし、人に聞こうにも宿の名前すら覚えてないので、聞くに聞けない。さっきまで輝いて見えた街は、急によそよそしく、気温が下がったように冷たく感じる。


「どうかされましたか?」


おろおろとしていた私に、一人の男性が声をかけてきた。


「いや…散歩していたら自分の泊まっていた宿が分からなくなってしまって…」


「やっぱり。そうじゃないかと思いましたよ。宿の名前は分かりますか?」


「…それも忘れてしまって…お恥ずかしい限りです」


まだ学生かと思うくらいの若いその男性は、遠慮する私を気遣って言った。


「いやいや、ここら辺は似たような宿が多いですから。なんか目印みたいな、入り口に置物みたいなのありませんでしたか?」


「ああ、そう言えば、大きな猿の人形がありましたわ!主人にそっくりだって子供達と笑ってたんですのよ」


「ああ、そこなら大丈夫です。案内しますよ」


「いえ、道さえ教えて頂ければ…」


「暗くなると何かと危険ですし、それに、僕の泊まってる宿の隣ですから」


「あら、そうなの?あなたもご旅行ですか?」


「僕は友人と一緒に…………」


それが彼との出会い。


初めて会った男性とこんなに話が盛り上がるとは思いもしなかった。偶然にも実家が隣町だと聞いて、旅の浮かれた力だけじゃなく、運命的なものを感じた。

お礼をしたいからと無理矢理連絡先を聞いて、後日手土産を持って会いに行った。少々積極的すぎて、気があるなんて思われたかもしれないが、それならそれで構わない。どうせ独り身なんだし、一目見た時から嫌いなタイプでもなかった。

「それでね、うちの子ったら、もう大変なのよ」


「いいお子さんじゃないですか」


「えー?ぜんぜん。小学生から変わんなくて、ほんとに嫌んなっちゃうわ。あははは」

私が子供のことや前の夫の話をすると、ほんの少し顔がひきつる。

気付いてるわ。あなたが私に興味があることくらい…


見れば分かるわ…


「お待たせしました。海鮮雑炊でございます」


「いえ、雑炊は彼で、私はハンバーグラザニアの方よ」


「え?あ…失礼しましたっ!こちらがハンバーグラザニアでございます」


前回のデートで食事した時も、彼はあまり食べなかった。緊張すると喉を通らないタイプみたいで、今日は食べやすい雑炊を注文した。私と会って緊張するなんて、年下だからか可愛いく思える。

「ところで、その登録販売員の免許って難しいの?」


「今勉強中だけど、なんだか年々難しくなってるみたいで…」


「必要な物があったら言ってね!問題集とか試験代とか出してあげるから!」


「そんな!悪いです。まだ何回かしか会ってないのに…」


「じゃあこうしたら?今日から私達は結婚を前提に付き合うの。将来有望な夫の為に、将来の妻が支援するのって悪いことかしら?」


「え?」


「何か不満でも?」


「本当にいいんですか?こんな若僧でも…」


私のほうが、こんなおばさんでもと言いたいところだけど、彼は自分から言えるタイプではない。彼だってこうなることを望んでいる。


見れば分かるわ…


数ヶ月後…

私は体調を崩して、入院することになった。
自分の身体のことは自分が一番分かる。

私はもうすぐ…

彼は毎日のように会いに来てくれる。先日、退院したらすぐに籍を入れようと言われて、嬉しさと生きて退院出来ないかもしれない悲しみで泣き崩れた。

彼は今日も私の横にいて、手を握ってくれている。


意識があるうちに、彼に伝えたいことがある。

私の希望。最後のわがままを…

「…ねえ…」


「…?どうしたの?」


「私のお願い…聞いて下さる?」


「ああ。何でも言って!」


「どこか遠くへ行きたいの…」


「遠くって?」


「あなたと出会った時のように、知らない街…海外でもいいわ」


彼が不安そうに見つめている。私は愛されてるのね。


見れば分かるわ…

「その棚にカードが入っているわ。暗証番号は****。いくらかかっても構わないわ。あなたと最高の旅をしたいの。必ず退院するから、すぐに出発出来るように、そのお金で準備をして。お願い…」


「ああ、分かったよ。退院したらすぐに連れてってあげる。そこで式をあげよう」


「…ありがとう…」


2週間後…


彼女はこの世を去った。


葬儀はしめやかに行われた。もちろん、婚約者として彼も出席していたが、彼女の子供達3人は、初めて会う彼を良く思っていない。


「おい。お前か?うちの母をだました野郎は」


「え?何のことですか?」


「ふざけるな!母を上手いこと言いくるめやがって!」


長男らしき男が彼に言い寄って来た。その後ろからは、弟と妹らしき人が彼を睨みつけている。


「母が亡くなる数日前から、数十回に分けてATMから3000万抜き取りやがって!」


「何言ってるんですか?私はあなた達のお母様に頼まれてお金を使ったんですよ?妙な言い方はやめて下さい」


「頼まれた?それを騙したと言ってるんだ」


彼はため息混じりに言った。


「言っときますけど、彼女は私に42才と言ってたんです。婚約までして…いざ婚姻届を出そうとしたら92才だなんて…。騙されたのは僕のほうです」


子供達3人は呆然とした。

何が起きているのか分からない感じでしばらく立っていたが、3人のうちの長男が怒りをあらわにして怒鳴った。


「…ふ…ふざけるなー!見りゃ分かるだろうがー!!」


終わり


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