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ホモ・デウス⑴〜人類の課題リスト❶〜

「名著を読んだ気になる」シリーズ第2弾は、第1弾に続きイスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリさんの著書である「ホモ・デウス」です。

第1弾の「サピエンス全史」でハラリさんは、人類が地球上の征服者になるプロセスを重要な3つの革命、すなわち「農業革命」「認知革命」「科学革命」についての膨大な知識と斬新な洞察によって丁寧に考察しています。特に偶然の産物である「認知革命」によって人類は「宗教」「貨幣」「帝国」という想像上の秩序を作り出したという洞察は大変興味深く、その思考プロセスそのものが参考になります。

「サピエンス全史」が人類の誕生からこれまでの歴史を考察しているのに対して、第2弾の「ホモ・デウス」は人類の未来を考察してます。そして、敢えてその未来をユートピアというよりはディストピアのように描いています。

今回は、本書では未来を考察するためのイントロダクションと位置付けている「人類の課題リスト」についてですが、自分なりに「課題リスト」を考えるだけでも十分この本を読んだ甲斐があったと思うほど濃厚です。

これまで人類はどのような課題をどのように解決してきたのか?そして、これから人類は自らにどのような課題を設定し、どのように解決しようとするのか?といった感じのお話であり、「ホモ・デウス」全体の羅針盤となるものです。

これまでの課題リスト

「飢饉・疫病・戦争」が人類のこれまでの課題リストの上位を占めていた。

もちろん、これらは地球上から完全になくなった訳ではないですが、遠い昔やっていたように神や聖人に祈る必要はなく、現在においては、人類はこれらへの対処方法を十分承知しており、たいていの場合はうまく防ぐことができるようになっている、というのがハラリさんのメッセージです。

その結果、今日、食べ物が足りなくて死ぬ人の数を、食べ過ぎで死ぬ数の人の数が上回っており、感染症の死者数よりも、老衰による死者数の方が多く、さらに兵士やテロリストや犯罪者に殺害される人を全部合わせても、自ら命を絶つ人がそれを数で凌ぐ。

つまり、21世紀初期の今、平均的な人間は、旱魃やエボラ出血熱やアルカイダによる攻撃よりも、マクドナルドでの過食がもとで死ぬ可能性の方がはるかに高いとのこと。

飢饉は、何千年も前から人類の最悪の敵であり、最近までほとんどの人が生物学的貧困線ぎりぎりで暮らしてきた。このため、豪雨など天候不順で畑の小麦がやられたり、泥棒にヤギの群れを襲われるとったことが一家全員あるいは村全体にとって、いとも簡単に死刑宣告になりえた。現在はどうかというと、地球上のほとんどの場所で現代においては、人はたとえ食と財産を失っても(貧困状態は続くかもしれないが)飢え死にする可能性は低い。過去100年間に、テクノロジーと経済と政治が発展し、人類を生物学的貧困線と隔てるセイフティネットが生まれ、そのメットはますます丈夫になってきた。本書で引用されているデータによると、2010年に飢饉と栄養不良で亡くなった人は合わせて約100万人だったのに対して、肥満で亡くなった人は300万人以上いたそうです。
疫病感染症の脅威については、ジャレド・ダイヤモンドさんの著書である「銃・病原菌・鉄」を読むと思い知らされますが、本書でも定量的な情報とともに丁寧に描かれています。たとえば、1340年代〜1350年代にかけてパンデミックを引き起こした「黒死病」では、死者は7,500万人から2億人を超え、ユーラシア大陸では人口の4分の1を超えた。そして、病気を汚い空気や悪霊や怒れる神のせいにし、民衆を集めて祈らせたり行進させたりしていた。つまり、このような災難を前にして、為政者たちはなす術がなかった。科学的アプローチが未発達な時代にあっては、神や天使や悪魔や妖精の存在はたやすく信じたが、バクテリアやウィルスが存在することは夢にも思わなかったからしょうがないですよね。現代においては、神への祈りではなく、科学者や医師の科学的アプローチによって効果的な治療法を考案することができる。2050年には今よりずっと抵抗力のある病原菌に間違いなく遭遇するだろうが、それでも2050年の医療は今日よりも効率的に対処できる可能性が高い。
戦争暴力なくなりつつあります。また定量的なお話ですが、古代の農耕社会では死因の約15%が人間の暴力だったのに対して、20世紀には5%を占めるだけだった。そして21世紀初頭の今、全世界の死亡率のうち暴力に起因する割合は約1%に過ぎない。2012年には世界中で約5,600万人が亡くなったが、そのうち、人間の暴力が原因の死者は62万人だった(戦争の死者が12万人、犯罪の犠牲者が50万人)一方、自殺者は80万人、糖尿病で亡くなった人は150万人。今や砂糖の方が火薬よりも危険ということのようです。そして、より重要なことは、かつてな戦争は起こるものと考えており、平和とは戦争と戦争の間の一時的なものと捉えていたのに対して、現在は戦争は断じて起こらないもの考えるようになり、その状態を平和と捉えている。なぜこのような平和が訪れたかというと、核抑止力ということもあるでしょうが、そもそも戦争が割に合わなくなったことが主因のようです。かつては戦争によって領地を得るなど経済的メリットが多くありましたが、現在の経済的メリットの源泉は無形資産ですからね。これは戦争しても奪えませんもんね。一方で、テロは?と思う方もいらっしゃると思いますが、これに対してハラリさんの考えは単純明快です。テロは真の力にアクセスできない人々が採用した、弱さに端を発する戦略だということです。重大な物的損害を引き起こすよりも「恐れ」を蔓延させることで効果をあげてきたと。2010年には肥満で300万人が亡くなっていますが、一方でテロで亡くなった方は7,697人だそうです。この数字をどう見るかですが、いずれにしてもテロリストの支配する地域で過酷な暮らしをしている人達がいるのも確かであり、暴力はなくなって欲しいと思いますね。

課題リストの上位3つは以上のように解決された状態となりました。しかし、ハラリさん流に言うと「歴史は空白を許さない」ということです。つまり課題が解決されると、次の課題が出てくるというのです。では、21世紀に、「人類の課題リスト」の上位では、一体どのようなプロジェクトが「飢饉・疫病・戦争」と入れ替わるのか?

先に答えと言うと、それは「不死・幸福・神聖」の獲得です。

これからの課題リスト

「不死・幸福・神聖」が課題リストに上がってきます。仮にこれまでの「飢饉・疫病・戦争」が衛生要因だとすれば、「不死・幸福・神聖」は動機づけ要因のようなものだと、私は解釈していますが、これについては次回に回します。

今回も最後までお読み頂きありがとうございました!


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