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ウニ・コテロでゆく極上の旅


「かつてない極上の旅をお約束します」

  囁いたのは小さな女性スタッフで、それがホームページのコピーと寸分たがわぬことに驚いた。もっとちがう売り方はないんだろうか。彼女は透きとおった羽根を大きくゆらしながら僕の目のまえを飛んでいた。名札には「ペルホネン.K」と書いてある。そのいたずらっぽい笑顔は、こどもの頃にe-BOOKで見たロンドンの妖精にどこか似ている。

 店の高い天井を見上げると、マゼンタ・イエロー・シアン・グレー・・・彩りゆたかな縦長の球体がさまざまな高さでぶら下がっている。

 どう極上なのかを尋ねると、ペルホネンは「個人差があるのです」と言った。2053年に景表法が改正されてからというもの、すべての商品の説明には「個人差」の明示が義務づけられ、今やどんな品物でも明確な効能効果は体感するまでわからない。

「ウニ・コテロはフィンランド製ですが、お客様が海外へ渡航するわけではありません。各国独自の進化株の感染リスクも回避できますし、極めて安全なリフレッシュの旅をお楽しみいただけます」

 どうやら1週間分のエネルギーをドリンクでチャージしてから、天井のウニ・コテロのなかで7日間かけてデトックスして、遺伝子スイッチを切り替え、心身の健康状態改善を目指すサービスらしい。長期休暇にうってつけだ。

 同意書に瞳で生体認証をしてドリンクを飲み終えると、彼女は透明なステッパーに足を乗せるよう促した。

「踏みながら私の質問にお答えください。それでは始めますね。まず、この3年間でいちばんうれしかったことを教えて下さい」
 はじめて大きな契約が取れた時の話をしながらステッパーを踏んでいると、その頃の映像が浮かび、身体がふわりと浮きあがった。足もとに目をやると、オレンジの糸が円を描いている。

「契約を取るまでにいちばん苦しかったことは何ですか」
 成約を重ねていく同期たちをうらやみ妬んだ日々を語り始めると、その言葉がパープルの糸に変化しぐるぐると円を描く。

 質問は少しずつ過去をさかのぼり、僕が紡いだ色とりどりの糸はやがて球体となって僕をくるんだ。僕は膝をかかえて宙に浮かぶ。長球が完全にふさがると、彼女の声はとおく小さくなった。まぶたがとろりと重い。ただ淡い光だけを感じながら僕は、僕は・・・。

「まもなく目が覚めます。まぶしいですのでご注意ください。5、4、3、2、1、おはようございます!」

 まばゆい光に思わず目をつむる。目の前の光りかがやく糸はするすると優しい音をたてて、編み取られていった。
 
 頭が冴えわたり、身体も軽い。
 深呼吸した僕に手渡されたのは、光沢のある靴下だった。

「これからは、この靴下がお客様の足もとを温めてくれます。どうぞ安心してお進みください。このたびはご利用ありがとうございました」

 僕は靴下を身につけ、ペルホネンに礼を言って、店をあとにした。
 足もとは温かく、そして軽い。






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