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連載 スイスの歴史⑪ スイスの文化

スイスの文化を語るのは難しい。というのも、4つの公用語を持ち、それぞれの言語圏で生活文化がかなり異なるスイスでは、各地域の文化の特色を語ることはできても、それがスイス一般に共通するものだとは言えないからだ。さらに、地政学的条件から、著名な文化人の多くが移民出身者であることも、スイスの「国民文化」の存立を難しくしている一因だろう。逆に言えば、そうした均質的な「国民文化」が存在しない多様性こそが、スイスの文化の最大の特色なのだという逆説的な説明も成り立つということだ。

ベルンのアインシュタインハウス(4travel.jpより)

とはいえ、スイス人なら誰でも知っている著名な文化人も存在する。その筆頭は、ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインであろう。相対性理論を発表し、現代物理学に大きな一歩を記した知の巨人は、ベルンの特許庁で働いていた。また、世界の教育に大きな影響を与えたペスタロッチや、赤十字の創始者であるアンリ・デュナンなどもスイス人である。つまりスイスの文化は、地域密着の徹底したローカル文化か、国境を越えたボーダーレスなグローバル文化のどちらかに二極化する傾向にあるという仮説が成り立つ。それはスイスの首都機能が、行政を担うベルン、経済を牽引するチューリヒ、多くの国際機関を擁するジュネーブに分散されて配置されていることや、伝統的に各州の権限が強いこと、一方で食品・飲料製造のネスレや製薬のノバルティスや損保のチューリヒ保険など、スイス発の多国籍企業が多数存在することにも対応する傾向だと思われる。自らの地域文化を頑固に守るスイス人は、一方で、国家や欧州の枠を躊躇なく跳び越えていくのである。

18歳以上の男性は兵役義務を負う。女性は志願制。
(swissinfoより)

それではスイス人にとって国家という枠組みは無用のものなのかと思われるが、別の局面ではスイス人は強い国家意識を持つ。その最大のものが、民兵制度であろう。武装中立を掲げるスイスでは、現在も徴兵制が継続されている。2013年に行われた国民投票では、七割以上の国民が徴兵制の存続を支持し、全ての州で存続派が廃止派を上回ったという。自分たちの国は自分たちで守るという意識が建国以来の伝統として定着しているわけで、ここまでくると民兵制度も国民文化のひとつと言っていいだろう。また、そうした案件を国民投票にかけるという点も、建国以来の直接民主制の伝統に立つものであり、一種の国民文化だとも言える。両者の根底にあるのは強い自治意識であり、まとめて言えば、自治と多様性こそが、スイスの文化の骨格を成していると考えられるのだ。

マイエンフェルトのハイジハウス(gotrip.jpより)

ところで、日本で有名なスイス人作家と言えば、「アルプスの少女ハイジ」の作者であるヨハンナ・シュピリであろう。後にスタジオ・ジブリを興すことになる高畑勲氏や宮崎駿氏らの手によって制作され、1974年に放映されたTVアニメは、日本国内のみならず、海外でも好評を博した。そのため、スイスのマイエンフェルトにあるハイジの村には今も観光客が絶えず、特に日本人旅行者が多い。昭和世代の日本人にとって、スイスのイメージは、アニメの「ハイジ」によるところが大きいのではないだろうか。

2014年、スイスと日本は国交樹立150周年を迎えた

実はスイスと日本の国交樹立の時期は意外に早い。1864年、すなわち江戸時代末期には、スイスから使節が訪れ、14代将軍徳川家茂のもとで修好通商条約が結ばれている。1870年には岩倉使節団が欧州歴訪の途上でスイス視察にも訪れている。スイスが永世中立国であることもあって、二国間の関係は良好なまま続き、2014年には国交樹立150周年の記念行事も行われた。欧州の内陸に位置する小国でありながら、開国間もない日本に使節を送って早々と通商条約を締結する。その鋭敏な国際感覚も、スイスの文化の礎を成す大きな要素のひとつだと言えよう。
 




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