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【感想】「声」援のないヒーローショー。キラメイジャーGロッソ素顔の戦士公演

久しぶりにヒーローショーを観てきました。

2020年からこんな情勢になり、Wヒーロー夏祭りも超英雄祭も中止になりました。
全国公演にも行かず、テーマパークにも行かずだった私は、ほぼ1年間、ヒーローショーなしで過ごしてきたのです。

ここ2〜3年ほど、毎年何かしらヒーローショーに触れてきた身として(かすったくらいまで含めたら更に長い期間になる)、なかなか悲しい気持ちだったのです。

ということで、どんな形でもヒーローショーっていいなって話と、初の素顔の戦士公演を見た感想をつらつらと書きます。
ライトですがネタバレがあるかもなので、一応ご注意を。

まず大前提としてGロッソの何がいいのか

Gロッソのことをどれだけの人が知っているか、というのがそもそも難しい話で、今の戦隊ものが好きな人は大概知ってはいるだろうし、そうでない人は知らないって感じだと思います。
このnoteを読むのは多分戦隊ものが好きな人、な気はするものの、とはいえGロッソなんぞやって人がこのnoteを読んだときのために、プレゼンをしておこうと思います。

シアターGロッソ公式サイト

Gロッソというのは、要は主にヒーローショーをやるための劇場のことです。
私の年代だと、幼い頃は「スカイシアター」で、屋外でショーをやっていたので、最初は屋外の専用劇場か!っていうのですでに画期的だなあと思ったものです。雨天中止がないしね。

で、別に雨天中止がないからすごいという話だけではなく。
めちゃくちゃいい劇場なんですよ。

無機質かと思いきや、プロジェクションマッピングによってどんな場所にも変わる会場。
そのライティング技術を活かし、アクターさんの動きに合わせて、テレビさながらのエフェクトなんかも出る。
高さのあるステージでは、怪人が派手に落ちていったり、ステージ下から這い出てきたりする。
ワイヤーも使えるから空を飛ぶことだってある。
そしてこれまでの経験に下支えされた、変身・フォームチェンジの舞台転換技術。

ヒーローをはじめ、悪役も、みんなそのステージでちゃんと生きていて、映像作品と遜色ない活躍を見せてくれる、そんな場所なのです。

そこには「キラメイジャー」が本当に存在した

そんなGロッソで体験した、「素顔の戦士」公演。
要するに、テレビで活躍している俳優さんがGロッソのヒーローショーにも出演されるという、戦隊もの恒例行事なわけですが。

キラメイジャー……いるじゃん……

それが率直な感想です。
え、いや、キラメイジャー、存在するじゃん……この世に……びっくりよもう……
キラメイジャーの6人として、彼らは確かにそこに立ち、ベチャットと交戦し、変身して邪面師と対峙する。戦いが終わると歌って踊ってみんなを楽しませる(?)
どんなピンチであれ、絶対に折れない意思、キラメンタル。

私自身は、ヒーローショーを見て「偽物だ」と思うことはほぼありません。が、これは紛れもなく本物だった。いや、すごすぎる。
ショーを終えて会場の子どもたちにメッセージを伝えるところまで含めて一瞬の隙もなかった。本当に素晴らしいものを見ました。

そして、ヒーローショーの醍醐味、スーアクのみなさまがたのアクションがもう。もう。そんな動きが同じ人間にできるんか。もう。かっこよすぎるのです。頑張れって応援する気持ちが自然と湧いてきて、魂が震える感じ。この感覚はなかなか味わえるものではないなと思います。これだよこれ。
テレビで見ていても、キラメイジャーのアクションってなんかいいなと思うことがあるんですけど、その「なんかいい」を存分に味わいました。

全然舞台の内容に触れてませんが、とにかくいいのでこれから見る人はぜひ楽しみにしていてほしい。

声援のないヒーローショー

とはいえ、どうしてもこれを書かないわけにはいかないと思うのです。
楽しかっただけでは終われないのが、このテーマです。

ヒーローショーといえば。
子どもたちの「がんばれー!」という声援です。
ピンチのヒーロー達に、会場の子どもたちが声援を大きな声で送ると、ヒーロー達がこれまで以上の力を発揮する、という様式美です。
ご都合主義といったらそうなってしまうのかもしれないけど、私はこれこそがヒーローショーだと思って生きてきたし、声援を糧にヒーロー達が立ち上がる瞬間はいつも鳥肌が立つくらいの興奮を覚えます。

でも、仕方がないことですが、この伝統は一時的にであれ失われてしまいました。
声を出すことそのものが禁忌となったこの世の中で、どうやってヒーローショーをやっていくんだろう、そう思っていました。

声の代わりになったもの。それは、手拍子とペンライトでした。

手拍子は、これまでも盛り上げるために使われてきたものですから、それほど違和感はないかもしれません。
今回、キラメイジャーはEDダンスがパラパラというのもあるのか、どこかダンサブルな音楽との相性がよいので、手拍子との相性も必然的に良くなるというものもあります。非常にリズミカルな応援となりました。
子どもたちが一心不乱に拍手しているというのは、それはそれでいいものです。

もうひとつがペンライト。
応援グッズとしては随分当たり前のものとなりましたが、今回は使い方が見事でした。
一斉制御機能を利用し、光を制御する演出。
光が消える=応援できる手段が消える、わけなので、制御によってライトがつかなくなると、「応援できなくなってしまった」という状況が訪れます。どんなに舞台演出をしても子どもたちの声がなくなることはない、ということを鑑みると、ペンライトだからこその絶望感の演出だなと感心しました。

と、いろいろな手段はあるにせよ、運営のみなさまが、なんとか「がんばれー!!」を守ろうとしてくれていることをひしひしと感じ、深く安堵したのでした。
ヒーローを応援する「声」も、その「声」で立ち上がるヒーロー達も、きっとこれからも生き続けるでしょう。それそのものが希望です。

そしていつか、気兼ねなく応援できる日がまた来ますように。

いただいたサポートは活動費(note、歌、ダンス)に使わせていただきます。