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おじいさんの大根

精神科からの帰り、Van Halenを聴きながらごきげんで歩いていると、とある道沿いのお宅の門前に大根が3本、並べられていた。1本、100円である。


声を失って立ち尽くし、見惚れた。
その完璧なかたち、大きさ、白さ、豊かに茂るみどりの葉。
剣客商売で出てきそうではないか。100円?
となりにはお金を入れるための古びた木のますが置いてある。


私がばかのように見つめていると、家から優しそうなやせたおじいさんが出てきて、にこにこ笑った。
「これ、おとうさんが作ったの?」
「そうだよ」
「すごい。綺麗…100円ですって?どうしよう」
「今朝掘ってきたんだよ」
「でも、私いまは一人暮らしなんだ。食べきれないなあ。でも欲しいなあ。どうしよう」
おじいさんはニコニコ、こともなげに言った。
「少し小さいのあるよ」


そして家に戻ると、小ぶりの、それでもやっぱり美しい大根を持ってきてくれた。葉っぱも申し分ない。
「すごい!ください」
私は一もニもなくお財布を出した。


「それにしても、なんて綺麗なの」
それまでどれだけ丹精されたのだろう。
「ハハハ、こうして綺麗に洗わなきゃこの辺の奥さんなんか買ってくれないもの」
「そんな。家で洗えるのにさあ」
「葉っぱ切ろうか?」
「とんでもない!大好物なんです、これしょうゆと七味で炒めたやつごはんにかけるの」
おじいさんは、意外そうな、そして面白がってるような、そしてうれしそうな顔をした。
「へえ?あんた葉っぱ食べるの?」
「葉っぱ欲しいです」


洗ってくれていたので濡れてる大根を、おじいさんは袋に詰めてくれようとしたが、自分で持ち歩いてるのでそれに入れ、リュックに入れた。


なんども、なんども、ありがとうと言った。
おじいさんも、言った。
知ってますよ、おじいさん、あなたのお庭のバラも好きでしょう。
ほんとうは通るたびに楽しみにしていたの。
それは言わず、私は再びVan Halenと歩き出す。背中で大根の葉がたのしげに、豊かに揺れ、しずくを散らす。


大根は帰って皮をむき面取りし、むいた皮と面取りのくずはゆずと塩でつけてつまみにした。
実はおでんにした。いくらでも入る。酒に実に合う。
葉っぱは、あぶらげと唐辛子とごま油としょうゆで炒めて、熱いごはんにかけて食べた。

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