【嫌いなアイツとゾンビと俺と】第5話

「なんだ?」
「これから……何処に行く? 真鍋はどう思う?」

 歩樹が小さな声で言った。僅かに震えてしまったのを自覚し、情けないと思いながら、おろした手をギュッと握る。

「……災害時は、基本的に学校が避難場所になる。ゾンビが災害に該当するかは分からないが。ただ学校になら、危機情報は集まるはずだ」

 少しの沈黙を挟んだ後、空斗が冷静な声を放つ。それを聞いて歩樹はハッとして頷いた。

「学校へ行こう!」
「ああ」

 頷いた空斗は、斜めにかけていた竹刀の入る鞄を地におろす。そして竹刀を取り出した。

「真鍋、それ……」
「道中にいないとも限らないからな」

 それを聞き、なんの武器も持たない自分が心許なくなった。歩樹は先程手にしていたモデルガンを持ってくればよかったと後悔する。

 その時、小雨が降り始めた。ポツリポツリとアスファルトの色が塗れて代わっていく。

「急ぐぞ」
「め、命令するなよ」
「御神楽。一人で動けないくせに、黙っていろ」

 事実を述べられて、歩樹は言葉に窮する。
 空斗が走り出したので、歩樹も追いかけることにした。

 道中には幸いゾンビはいなかった。杞憂だったと安堵しつつ、歩樹は湿った学ランの肩を撫でる。校庭には誰の姿もない。通常であれば、まだ一部の運動部はグラウンドで練習の最中のはずだった。もしかしたら、みんな既に避難しているのかもしれない。歩樹がそう推測した時、空斗が立ち止まる。

「体育館を見ろ。人が入り口に走ってる」
「避難場所かもしれないな」
「そうだな。御神楽、行くぞ」

 二人がそちらへ向かって走り出す。だが、体育館の窓にさしかかったところで、空斗が息を呑み急に立ち止まった。どうしたのだろうかと歩樹が見上げると、眉間に皺を刻んだ空斗が窓から体育館の中をじっと見ていた。視線を追いかけて歩樹もそちらを見て、思わず片手で口を覆う。

 ――中に広がっていたのは、地獄だった。

 フラフラと歩きながら、腐った腕を生きた人間に伸ばし、泣き叫ぶ生徒に噛みついているゾンビ達。一人の生徒に幾人もが群がり、噛みつくしている。阿鼻叫喚が溢れていて、壇上側に避難し追い詰められている生徒達が、次々と襲われている。そして少し倒れて静止しては、立ち上がり新たなゾンビに代わっていく。

「避難場所なんかじゃなかったな。御神楽、逃げるぞ」
「ああ」

 歩樹が頷いた時だった。正面からいきなりゾンビが襲いかかってきた。咄嗟のことに歩樹は動けない。だが、空斗が竹刀を振りかぶった。

「うあああああ!」

 叫んだ空斗が、ゾンビの肩口に竹刀を振り下ろす。すると腐った首が胴体から離れ、ぽろりと頭部が地面に落下した。そのままバタンと胴体も倒れる。血は流れなかった。

「こ、殺したのか……?」
「……もう死んでいた。そう……思わせてくれ」

 そう言った空斗が、苦しそうに唇を噛んだ。泣きそうになりつつ、頷いた歩樹は、空斗の竹刀を持っていない方の腕の服を掴む。

「そうだな。真鍋は、俺を守ってくれたんだ。真鍋がいなかったら、俺達二人は今頃ゾンビに仲間入りだっただろ? 真鍋は正しいことをしたと、俺は思うよ」

 歩樹は、今自分が出来ることは、慰めて肯定することだと思った。
 だが空斗がその時、ギュッと目を閉じて首を振った。

「フォローをしている余裕があるなら、次の行き先を考えてくれ」
「えっ……」

 しかし歩樹の声は、空斗には響かなかったらしい。
 歩樹が言葉に詰まっていると、体育館から大量のゾンビがフラフラと校庭に進み始めた。目を開けた空斗に、歩樹はまた手首を掴まれた。

「俺が剣道を習っている道場の師範なら……きっとゾンビを倒しているはずだ。あの人は強い。それに師匠の息子夫妻は、自衛官と医師だ。もしかしたら島の外へ連絡を取っているかもしれないし、ゾンビの身体構造を医学的に理解しているかもしれない。そこへ行こう」
「分かった。真鍋に着いていく」
「――今だけは、一人でなくてよかったと思ってる。行くぞ」

 ポツリと零した空斗の声に息を呑んだ歩樹は、その後腕を引かれたので、ゾンビのいないルートを通りながら校庭を抜けて、学校から外へと出た。

 そして二人は、ひたすら走る。稲光が時折、空に走り、轟音が響く。
 雨脚が激しくなったのは、それからすぐのことだった。



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