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月が綺麗とあなたは言った

月をよく目にするようになった。

今が月の満ち欠けのどのあたりなのか、何となく把握している。過ぎ去る日々をカレンダーの数字ではなく、月のかたちで追うなんて、これまでにない感覚だった。

「今日は満月から一日過ぎたくらい」

いつものように見上げて呟いてから、おもむろに考える。なんでこんなに月を目にするようになったんだろう。

「よく歩くようになったからかな」

半年ほど前に引っ越した。家も職場も駅から近く、ほとんど表を歩かずに済んでいたところから、引っ越してからは一日五千歩は歩くようになっていた。自然と夜空を見上げることも増えたのかもしれない。

そうかな、と隣から声が聞こえてくる。

「伝えたくなるからじゃない?」

今日の月は満月に近いけどちょっと欠けている。今日は曇り空を後ろから照らしていて、それはそれで綺麗だね。この時間は大きく見える。月ってこんなに明るかったっけ……。

月を目にするとき、いつも隣には伝える相手がいて、私たちは紺色に深まった空を指さしながら見えたままを、思ったままを口にしあう。伝えたい人がいなければ、私の世界に月は不在だったのかもしれない。

月のかたちが変わるごとに一緒に歩く日々を数え、その時間の流れを二人で感じる。

”I love you"を「月が綺麗ですね」と訳した夏目漱石の有名な逸話。嘘か真かはわからないけれど、少なくとも私たちは「月が綺麗」と言いながら、無意識に愛を伝えあっているようだ。

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