見出し画像

ALIFEの可能性に迫る | 対談書き起こし |岡瑞起×ドミニク・チェン(前編)

2022年4月25日に開催された『ALIFE | 人工生命』刊行記念イベントで、ドミニク・チェンさんと「生命性とOEE」という観点からALIFEの可能性について対談しました。前編では、ALIFE研究との出会いやALIFE研究の魅力についての議論を記事にまとめました。

岡:本日はお越しいただきありがとうございます。

ドミニク・チェンさん(以下、敬称略):よろしくお願いします。

ALIFE研究との出会い

岡:ドミニクさんと最初にお会いしたのは、私がポスドクとして東大で働きはじめた2008年のことだと記憶しています。ドミニクさんが、そのとき開発されていた「TypeTrace」というソフトウェアについて、同室の研究者の方と議論されているのを拝見したのが最初でした。

ドミニク:2008年、今から14年前に初めて岡さんとお会いしたのですけど、東大にも籍を起きながら、自分でウェブサービスを作るベンチャー企業をやっていました。人工生命の研究に興味を持ちはじめた経緯は、岡さんの経緯と結構に似ているなと思っています。インターネットという、ある種、目に見えないネットワークだけど、僕たちの生活を支えている。でもそれ自体がある種の自律的なシステムとしてあたかも生命かのように動いているというものに、心を奪われて。僕の場合は、ビジネスをやったり、そこから研究をしたりしていて、岡さんの場合は研究からビジネスもいろいろとされていると思うのですが、そういうところで結構似ていますよね。そこからどうして岡さんが人工生命研究にどっぷり浸かったのかということが本にも少し書かれていますよね。2008年当時、会ったときはまだ人工生命研究者ではなかったと思いますが、どういうシフトだったのでしたっけ?

岡:2008年当時は、AIの研究をしていました。機械学習やデータマイニングの研究をしていました。でも、あるタスクに対して、より良い精度を出すアルゴリズムを作ることを大きな目的として、小数点以下の精度を競うような世界観にちょっと疲れを感じていた時に、全く違ったパラダイムで研究を進めているALIFEという分野に出会い、興味を持ったというのがきっかけです。

ALIFE研究は、地球が40億年かけて生み出したような多種多様な生命や生態系を生み出すような「終わりのない進化を、コンピュータプログラム、ロボット、あるいは化学反応で作り出すということを目指しているのですが、その壮大なチャレンジに、すごく衝撃を受け、魅了されました。

ALIFE研究から導かれる人生訓

ドミニク:そうですよね。2018年に僕と岡さん、そしてこの本でもたくさん出てくる池上高志先生という、日本だけじゃなくて世界的な人工生命研究のパイオニアでALIFE研究を牽引している人と、丸山さんと青木さんの5人でPythonのコードでALIFEのさまざまな理論を自分のコンピュータ上で走らせることができる本を、オライリージャパンさんから書いたのですよね。
『作って動かすALife』という本です。この本は、実践書みたいな感じで、ところどころ、池上節、岡節、チェン節とか、ALIFEの哲学的な意味が書いてあるけれども、どちらかというと プラグマティックなアルゴリズムやシミュレーションが書かれている本でした。岡さんの今回の『ALIFE | 人工生命 より生命的なAI』という本は、岡節に溢れていて、すごくいいなと思ったんですよね。

ひとつひとつの研究内容の紹介も、本を読んでいて、人生訓があるみたい。つまり、何か人間の生き方に照らし合わせて考えられるような話というのが随所にある。そういう話って、純粋に研究の文脈だとあまりしないじゃないですか。

岡:そうですね。

ドミニク:岡さんという一人の人工生命研究者の主観も交えて、研究によって人間のこういう側面が分かるんだよ、ということがたくさん書かれている。そういう意味で、この本を読むことで、自分の人生と関係があるんだ、という風に思える人がたくさん出てくるのではないかというのがまず思ったことですね。

岡:そういっていただけて嬉しいです。ありがとうございます。コンピュータでアルゴリズムを走らせているだけなのですが、実験結果から得られる示唆が、人生において自分が大切にしたい概念、たとえば「多様性」といった効率性や利益にはすぐに繋がらないような概念は、効率性や直接的な利益を求めたアルゴリズムよりも、結果的には、求めているものに辿り着くためには非常に重要ということをアルゴリズムが教えてくれ、勇気づけられる気になります。

抽象的な研究から工学的な応用へ

岡:ALIFEは、1987年に研究分野として立ち上がりました。初期の研究は、Wikipediaの「人工生命」のページでも紹介されているような「ライフゲーム」に代表されるセルラー・オートマトンをモデルとして用いて、生命の自己複製や、自己維持といった、生命の特徴をモデル化し、理解しようという研究が盛んに行われました。

 現在でも、もちろんこうした研究は重要な研究テーマとして、引き続き行われています。同時に、2010年頃から行われてきた研究が、ここ2,3年で工学的な応用にも有用であることが示されてきました。そこで、自信を持ってALIFEは「使える技術」になってきたという思いを、今のタイミングで本に書こうと思い至りました。

ドミニク:なるほどね。今のタイミングでこそ書けたみたいな。

岡:そうですね。それはすごくありますね。10年前だと書けなかったと思います。私がこの分野に入ったのが10年前くらいなんですけれども、そのときは、現在示されているような応用のきっかけになるような研究が出始めたばかりだったので、まだどこに使えるのか、あるいは、本当に役に立つのかというところが言い切れなかったのではないかと思います。それが、この2,3年ですごく変わってきたと思います。こうした成果は、ニュースになることもあるのですが、AIの文脈で語られることが多いのが現状です。そこで、AIだけでなく、ALIFEという分野もあるということを、世の中のみんなにお伝えしたいと思うようになりました。

ドミニク:ALIFEの業績がAIの中に回収されちゃってて、その違いが非専門家にはよく分からないみたいなことがある。AIは、この本の言葉を使うと「収束的」に、たとえば、確率を計算してより正解に近いことを教えてくれますが、そればっかりやっていると、新しい解が出てこなかったり、新しい発想が出てこなかったり、そもそも問題を違う視点で見るということがどんどんなくなっていってしまって、人間の持っている認知バイアスを強化してしまうことがあります。一番分かりやすいのは、人種差別的なTwitterボットみたいなものが出てくるといった例です。人間の持っているバイアスを機械学習が強化してしまっている。それに対して、ALIFEは、目的をプリセットで持たないことによって初めてイノベーションが生まれる発散的なアルゴリズムを目指している、ということを、近年の研究を数珠繋ぎで、本の中で書かれているので、後半に行けばいくほど、テンションが上がってくる感じがある。なるほど、こういう風にALIFEの価値を語れるのだと、改めて思った。

ビジネスの世界にも通じる「開かれた進化」

ドミニク:もうひとつ、岡さんが話している「開かれた進化」、本の中の言葉だと「終わりなき進化」ですね。このトピックがALIFE研究でもすごく盛んに議論されているのだけれども、これって結構大きなパラダイムシフトだと思うんですよね。終わりなき進化っていうものに対して、たとえば、哲学的に語る、思想的に捉える、というのはこれまでにもされてきたと思うけど、それを例えばビジネスの世界に、どうしてそれを入れる必要があるんだという、その答えを本の中で書いている気がするんですよ。本の6章で「新規性探索アルゴリズム」や「品質多様性アルゴリズム」とか、本当に面白い結果を生み出すようなAIの使い方をするためには、人間が事前にリスクヘッジしたり、人間が先に考えられることを目的にセットしちゃ駄目なんだということを語っていますよね。

本の6章を読んでいて、個人的な体験の話で恐縮なんですけど、松岡正剛さんを思い出したんですね。唐突に松岡さんを召喚しちゃいますけど、松岡さんはご存知の方もいらっしゃると思いますが、日本の伝説的な編集者の方で、本当に博覧強記でいろんな知識を持っている人です。彼と10時間ぐらい対談して本を出すということを昔やったんですね。

そのとき、知が生きているなってすごく感じたんですね。僕が発散型の人間なので、放っておくと脱線に脱線を続けるのだけど、それにことごとく打ち返してくださって。二人ともどこに向かうかわかんないんですよ 、その10時間。一応、本にしましょうと言っているんだけど、全く空気を読まずに、宗教の話をしたかと思うと、発酵文化の話をしているみたいな。なんだけれど、その時間というのが非常に心地よかったな、ということを岡さんの本を読みながら思い出してたんですよね。そこで起こっていたことこそ、目的がセットされていない、共通の目的を予めセットしない、ある種のインタラクションであったし、その中で、この話はどこに行くのだろうみたいな不安と、面白さが表裏一体だったなということを思い出すことをしていました。それって人間二人がひたすら話すみたいな。AIとALIFEとも全然関係なさそうなんだけど、なんかそういう人が人としてものを考え、人と話をし、交流をして生きていく関係を結ぶっていうことに、すごく関係していることがここに書かれているという風に思いました。

岡:ありがとうございます。そういった人間的なというか「生命的」な側面を捉えて、アルゴリズムとして実装できているところが、まさにALIFEの研究の面白さだと思います。

---*---

以上が前編です。後編は、「終わりなき進化」や「生命性」を捉えたALIFEのアルゴリズムが、具体的にどのような人生訓を導き出すのか?、ものづくりに活かせるのか?などを議論しました。

後編はこちらからどうぞ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?