「もう、家に帰ろう。」が教えてくれること。
もう数年前の話。はじめて泣いた写真集がある。
藤代冥砂さんが妻・田辺あゆみさんを被写体にした写真集「もう、家に帰ろう」。
その1枚で、物語を感じる写真が好きです。
必ずしもピントが合ってなくていいし、霞みがかったような、何が写っているかわからないような構図で撮られていてもいい。ディテールが鮮明に写っている写真もきれいだけど、そこにドロッとした淀みや憂い、喜びや悲しみの感情が見え隠れするような、雰囲気のある写真についつい惹かれてしまいます。ひとを撮影するときに、狙って撮れる表情と、狙って撮れない表情があるとおもう。を切り取った1枚がきゅんとくる。
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梅佳代さんの写真は、被写体も背景もカリカリに写して、人間(子どもやおじいちゃん)の動きを細部までとらえているような印象。
最初に見たときは、衝撃を受けた。こんな奇跡の瞬間、いつ撮れるんだろうって。24時間臨戦態勢で(でも彼女は力は入っていないと言っていた)、スキあらば日常の異世界にシャッターを押そうとする。
そういえば、梅佳代さんと糸井重里さんのインタビューで、糸井さんがこんなことも言っていた。
やっぱり‥‥死んじゃったとしても、
「写真があることで生きてる」から。おじいちゃんの写真集だってさ、あれ見返したら、じいちゃん、生きてるじゃない。
これは、ポートレートの良さだなぁと思う。
写真家・浅田政志さんは家族を被写体にし、予め決めておいた構図と設定で撮影するという斬新なスタイル。写真集「浅田家」がその代表作です。空白のスペースに文章を添えれば、立派なポスターにもなり得るような強烈な写真です。
そういえば、私がお嫁に行くときは、母が昔の写真を100枚ほど持たせてくれました。
ふるさとの景色がいつの間にか変わり、「ここどこ?」となるのも悲しいので、小学校や駅やかつてバイトをしていたスーパーなどの写真を撮り集め、実家のタンスにひっそりとしまい込んだっけ。
現像していない写真はディスクやパソコンに残るものだけど、現像してカタチに残すって大切だなぁと感じる。
関東にいるうちにしたいこと。
いつか人のいない東京と、都会の歩道橋から、雨の日の朝を撮影してみたい。
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