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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~♯10

尊王攘夷への道(4)

 こちらの二人は苦笑しながら、もう一組を見ていた。しだいに高杉も聞多も酔いつぶれて床に転がっていったので、自然とお開きになった。
 
 俊輔は聞多を部屋に送り届けて寝に帰ることにした。聞多の部屋の前に来ると「ここでいい」とだけいって一人で入っていた。
 俊輔があわててついていき、持っていたろうそくで部屋の明かりをつけて「布団用意しますよ」と言って、布団を敷こうとした。
 聞多は「いらん」というと、床に寝転がっていた。床に散らばっていた本や書付に気がついた俊輔が片付けようとすると、「さわるな」と声がした。
「これ以上はいい、踏み込まんでくれ」とだんだん怒りのこもった声になってきた。俊輔もたまらなくなって思わず言った。

「わかりました。でもどうして蒸気船のこと教えてくれんかったんですか。初めて高杉さんから聞いて。僕はそんなに軽いのかなんて。いいです、帰ります」
 文机の上においたろうそくを持った。
「暗くて何が書いてあるか、なんてわからんですから大丈夫です」
 目いっぱいの嫌味込めて言うとぴしゃっと閉めて出ていった。聞多は俊輔に背を向けたままだった。
「わしは塾生ではないからな。立ち位置を己で決めんといかんか」
 そのつぶやきは俊輔には聞こえなかった。

 聞多との距離感が俊輔にはさみしかった。それだけでなく俊輔は聞多が持つ楽しさや鷹揚さに、隠された怜悧さも見えたような気がした。それは桂や高杉と同じ空気を持っていることで、はっきり見えたのだ。

 やはり侍として育ったものでなくてはだめなのか。こんな置いてけぼり感を味わい続けなくてはいけないのかと、悔しさがこみ上げてきた。

 いや、追いついてみせる。ここ長州には足軽・中間・陪臣でも士分になれる方法がある。桂さんや上の人達に認められる仕事をできれば、その機会があるはずだ。先日の桂との会話を思い出していた。藩のため攘夷を働く。桂さんにそういう仕事をさせてほしいと、はっきり言うんだ。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、桂は俊輔に京に行くように命じた。久坂との繫ぎをしてほしいという事だった。
 状況は京のほうが複雑で、公家や朝廷内部、脱藩した志士など動向をさぐるだけでなく、斡旋を行う政治闘争の重要な場所になっていた。俊輔は即座に了承し、京に向かうことにした。

 聞多は高杉に呼ばれていた。ここは品川の別名土蔵相模と言われる遊郭で、藩邸では話せぬことをやり取りする密会の場所としても、良く利用されていた。妓女たちも心得たもので、密談のときには裏に下がっているし、馴染みのことも深く詮索はしなかった。

「相談って何事じゃ」
「薩摩の国父久光様の御一行が異国人を切った話聞いているか」
 晋作は熱を帯びた話し方をしていた。
「ああ薩摩も攘夷を行ったと評判じゃのう」
 聞多は少し冷静に話をしているつもりだった。
「それだ。おかげで我が長州は口だけと言われるようになってきた。われらも何かせねば破約攘夷を掲げる立場がなくなる」

 何かに押されるように、切羽詰まった言い方だった。

「われらとは」
 冷静に聞多が高杉にたずねた。
「我々だ。僕や君と他に同士を募る」
 攘夷派で組を作ろうというのか。当然のように自分も含めて。
「藩命ではなくということじゃな。で、相手は」
 聞多は晋作の考えを詰めていった。
「まだ決めてはいないが横浜の居住地にいる公使とか」
「そんなことをしたら公儀は」

 そう公儀は信頼を無くし、賠償も求められ、立ち行かなくなるかもしれない。なにをどう進めたらいいんじゃと、心の声がした。

「ふん、聞多は思ったより分別臭いな」
 分別くさいと言うその言い方が、保守派なのかと聞こえた。
「潰すのか」
 保守派を潰すのか、公儀を潰すのか、あえて主語は言わなかった。
「まだわからん」

 聞多はここが己の立ち位置かと考えた。沈黙が続いた後、聞多が酒をあおって声を上げた。

「よーし決めた。わしはしばらくの間英学修行をすることになっちょる。横浜に家を借りても良いとのことじゃ。その上で動いてみるがそれでええか」
「わかった。まかせる」
「情報交換や相談はここでやるのがええな。金もすこしは用立てられるはずじゃ」
「それは願ったりだ」
「うわぁ疲れたのう。難しい話は終わりじゃ」
 手を叩いて、妓女たちを呼び戻すと飲んで騒いでと、夜を過ごした。


 


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