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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#25

帰国(1)

 聞多と俊輔は帰国すべく、船の中に居た。急に無口になった聞多を心配していた。
「聞多、大丈夫?顔が怖いよ」
「うるさい、わしだってセンチメンタルになるんじゃ。これで良かったんじゃろうかとついなぁ」
 聞多の弱気がおきたと、俊輔は思った。こういう時は尻を叩くに限る。
「今更後悔してもおそいぞ。迷ってどうなるってものでなかろう。聞多、君が決めたことだ」
 むっとしているのがわかった。これで少しは風向きが変わるといいと思った。
「そりゃわしの言い出したことじゃ。わかっているんじゃ、いやわかってくれ。しばらくこのままにしちょってくれ」
 そう言って遠い目をしていた。
「半年ほどしかおられんかったものなぁ。聞多、次に来るときはゆっくりできるようになるさ」
「そんな日が来るのかのう」

 ないとは言えない未練が、聞多の心に満ちた。しかも前途洋々どころか真っ暗で先が見えない。流石に二人になるとため息ばかりになった。

 ロンドンを汽車で発ち、着いた港から振り返ると胸が痛くなった。あれだけいろいろな人をたどってどうにか来ることが出来た街だ。後悔がないわけではない。
 でも、ここにとどまる選択もなかった。急いで帰国したかったが、残る三人の為もあって費用は抑えなくてはいけなかった。
 選んだ手段は帆船だったが、行きの船のようなことはもう起きなかった。安い部屋だがきちんと客室だったし、食事もそれなりのものを食べることができた。少し落ち着いたところで、俊輔と今後のことを詰めておかねばならない。

「のう、俊輔、流石にわしらだけで、戦をやめさせることは難しいはずじゃ」
 おもむろに聞多が話しだした。
「確かに味方が必要だなぁ」
 俊輔の頭の中に一人の名前が浮かんでいた。
「高杉はこちらに付いてくれるのかのう」
 そう、高杉晋作。
「高杉さんは絶対だろ。というか高杉さんくらいしか思い浮かばん」
「桂さんや周布さんもおる。見てきたことをしっかり説いていくことだけじゃの」

 聞多は自分に言い聞かせるように言った。航海が進むと海があれてきて、あれこれ考える余裕もなくなってきた。
 喜望峰を回ってきたあたりでは、暴風雨に巻き込まれてマストを折るかというところまで追い込まれた。こうなってくると生きるか死ぬかということになってくる。なんとか切り抜けたのが奇跡のように感じられた。
 これは自分たちが必要とされている証拠だと思えるようになっていた。そうやってどうにか上海にたどり着いた。

「あれは。砲台積んだ船がウヨウヨしちょる」
 聞多が悲鳴のような声を上げた。
「まさかこの船が馬関に向かうってことでは」
 俊輔も驚きを隠せなかった。
「まさかではあるまい。イギリス、アメリカ、フランス、オランダ全部揃ってる」
「一刻も早く横浜につかなくては」
 己を落ち着かせるように聞多が言った。
「そうじゃな。ここで集まって艦隊を組むのであれば、も少し時間かかるじゃろ。その間になんとかせないかんちゅうことじゃ」

 上海に上陸するとすぐのジャーディン・マティソン商会に向かった。少しでも早く横浜につけるようにと、早い船に乗せてもらうためだ。


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