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【恋愛小説】私のために綴る物語(9)

第三章 友人と恋人の違い(1)

 一人になった実感がないまま、自分の部屋に帰ってきた多香子は、自分の生活をきちんとすることだと考えていた。

 散らかった服を片付け、洗濯を始めた。

 さすがにゴミは大丈夫だが、ものの多さにこれから始めようと思った。忙しさにかまけて、基本的なことをやってこなかったツケが回ったのだと。断捨離かときめく片付けのどちらでも良いから、人を上げても恥ずかしくない部屋にすると決めた。

 そうはいっても、手に取ったものには思い出が浮かんできた。これは、史之が面白いと言っていた本だし、このチラシは一緒に行った場所でもらったもの、捨てることのできるものは少なかった。
 いろいろなものが右から左に置き換えられただけで、ただ積み替えることしかできなかった。一緒に行った水族館で買ってもらった、ペンギンのぬいぐるみは捨てようと思ったが、それも駄目だった。目につかないようにクローゼットの奥に押し込んだ。

 そのことが、もう実質別れたということを思い出させていた。
 そうしてやっと、涙が出てきた。

 ウィークデーはそれでも、仕事があり、沢山の人と話をするので、気が紛れていた。夜になって、ラインにメッセージが来ないことを除けば。それでも、ツイッターで思いついたことをつぶやき、返事をするのは気分転換に良かった。

 金曜の夜になって、土曜の予定がないことに直面した。

 明日は何も気にすることなく寝ていればいいじゃないか。日曜はサークルの観戦会だし。土曜は寝て過ごすとあっという間に日曜になった。

 観戦会のサッカースタジアムに着くと、史之はすでに松村さんや高木さんといった古手の男性のメンバーと座っていた。座席を見ると、伊藤さんとか藤高さんといった女性のメンバーが手を振っていた。そちらに行くと久しぶりと声をかけられた。

「そんなに久しぶりだっけ」
「リーグ戦の開幕以来でしょ」
「あぁ、あの時の観戦会以来」
 多香子はしみじみ言った。
「澤田さん、今度一緒に仙台に行こうよ。再来週。いいでしょ」
 伊藤が言った。藤高さんも一緒だよと言っていた。
「たとえばさ、これみたいに4人いればホテルのエグゼクティブラウンジ付きの部屋に泊まって、女子会をすれば、アフタヌーンティーから始まって、カクテルタイムまで楽しめるわけ。しかも翌日レイトチェックアウトで、朝ごはんもラウンジで食べられるから楽だよ。帰り時間によっては、アフタヌーンティーまで居られるの。前橋さんも来るから、詰めておこうかなと」
 伊藤が旅行会社のチラシを前に、多香子に説明していた。広くて素敵なスイートルーム。たくさんのスイーツが並んだティータイムの風景。軽食や夜食、朝食の説明もあった。
「へぇ、それ良いね。仙台戦デーゲームだから、この軽食時間から使えるんだ」
 多香子は乗り気になっていた。
「でしょう。このプラン新幹線付きでこの値段だから、絶対にお得だよ」
 藤高さんもすすめていた。たしかにこういうことはナイトゲームの時期ではもったいない。
「ちょうど、仙台には行こうと思っていたんだ。一緒に行こうね」
 多香子はにこやかに笑って見せた。寂しさなんて見せては駄目だと心に決めていた。
「やった。決まり。前橋さんが来たら決定だね」
 伊藤さんが予めコピーしてきた予定表を渡してくれた。そこには振込先も書いてあって、後は送金するだけだった。

 少し遅れて、前橋さんが来ると、話は仙台のことで持ちきりだった。試合そっちのけで、色々話していると、先制点を決めて周りが盛り上がっているのに遅れてきゃっきゃと飛び上がったりと忙しかった。そのまま後半守りきって、千葉が勝つと、選手の挨拶を待って、皆で飲み会の会場に行った。

 男性陣から遅れて、女性陣が予約してあった席につくと、史之はすでに座っていた。多香子はなるべく離れたところに座ろうと、伊藤や藤高にその史之の近くをすすめていた。隣に前橋がいて結局さっきの並びが変わっただけとも言えた。

「へぇ、今度の仙台には夏川くんは行かないんだ」
「一応、僕には世間のしがらみがあるわけ。婚活しろって言われて、押し切られた」
「婚活ねぇ。そんなものがこの世界にあったとは」

 伊藤が笑い転げていた。藤高も婚活をするという史之を不思議そうに眺めていた。
 前に座っていた松村が多香子に聞いた。

「澤田さんは仙台に行くの」
「うん、伊藤さんと藤高さんと」
「私も一緒にね」
 前橋も声を合わせていた。
「女子会をやるんだよ」
「いいでしょ」
「いつでも女子のほうが元気だな」
 高木が言っていた。
「気楽でいいな」
 史之が呟いた。末原が文之に向かって言った。
「夏川くんも世間に負けなきゃいいだけだろう」
「べつに世間に負けてるわけじゃない」
 そう言って、ちらっと多香子の方を見て、続けて言った。
「タイミングって色々あるだろう」
「そうかもね」
 末原がなぜかしみじみしていた。
「末原くん、なんかしみじみしてるよ」
 前橋がからかうように言った。
「僕だって色々あるんです」
「まぁみんな色々あるよ。だから、このサークルが続いているんだし」
 その前橋までしみじみしてしまっていた。

「とりあえず、夏川くんの婚活成功を祈願して乾杯」
 思わず多香子が声を上げた。その勢いに巻き込まれて、皆で乾杯の声が上がった。今度は不思議そうに多香子を見ている藤高がいた。
「みんなありがとう」
 照れているふりをして、史之は声をかけていた。そんな史之の目線は多香子とあった瞬間そらされていた。
「それで、ごめん。そろそろ帰らなきゃ」
 多香子が幹事の松村に会費を差し出していた。
「それじゃあ、お開きにしますか。それこそ、社会人としてのしがらみがあるからな」
 松村が皆に声をかけた。
「会費の5000円よろしく」

 端から集められた4万円を確認して、会計をしていた。他のメンバーは店を出たところで松村を待った。会計の終わった松村と皆で駅に向かった。この駅はいくつかの路線があって、それぞれ分かれた。

「やばい、今日は実家に帰るから、こっちに乗るんだ。皆またね」
 そういって史之は一人慌てて別の方向に行った。

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