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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#42

9 薩長盟約(4)

 明朝、グラバーのもとに行く支度をしていると、薩摩藩士がやってきた。
「今日はよろしく頼みます」
 俊輔がまず挨拶をした。続けて聞多が昨日の回答として言った。
「昨日、薩摩の本国にご招待いただいた件ですが、私が参ることといたしました。こちらの伊藤は続けて銃器の購入をいたします」
 手伝いの者はにっこり笑って言った。
「それは、良かった。井上さ、よろしく頼みます。ご家老のご帰国はあすです。ご同道いただくことになりますのでな」
「はい」
 答える聞多の声は心なしか小さかった。

 案内役に連れられて、グラバーの家に向かった。見晴らしの良い丘のところにある家は風が気持ちよかった。この家の片隅で過ごしながら、俊輔は軍艦と銃器の購入の交渉をすることになる。
 グラバーとの会話で、欲しいのは新式のミニエー銃であると強調しておいた。数合わせで多少旧式が混じるのは仕方ないとしても、最低でも4000丁は揃えたいと言った。大丈夫そうなのを確認して、聞多は俊輔と別れた。小松の待つ薩摩の屋敷に向かうためだった。

 翌日聞多は船に乗って鹿児島に向かった。初めて見る薩摩湾では、桜島が噴煙を出していた。上陸すると、宿舎に案内された。荷解きをしながら、紋付の羽織と少しはまともな袴を眺めて、これで何とかなると自分に言い聞かせていた。聞きなれない、薩摩弁にも焦りを感じていた。

 次の日から、国家老の桂や大久保利通との会談をすることになった。藩主の別邸は湾に面しており、桜島の借景が見事だった。明るく広い景色にも圧倒された。
 いちばん重要な大久保との会談では、かなり込み入ったところまで話した。
「元治元年の出来事は、お互いに不幸なことでありましたが、わが長州としましては、薩摩の方に特別な感情は持っておりません。公儀・幕閣を排除し、大政を朝廷に返上させて国内を統一させねばなりません。お互い朝廷を尊び、帝を中心とした世を作る為、連携していくことが重要だと思います」
 つまりは倒幕を一緒にしよう、という話をしたのだ。
「薩摩としても、異論はございません」
 とりあえずは行けるということか。それにしても、表情を変えない男だと、思った。
「なれば、私がこのように薩摩にご招待いただいたお返しにどなたかご要職にある方にわが長州にお越しいただきたい」
「考えておきましょう。わたくしか小松がいければよいのですが」
「ありがたいお話、さっそく国に伝えます」
「どうですか、わが薩摩は」
「桜島と申しましたか、あの噴煙を出し続けている島には驚きました」
「温泉にでも浸かってごゆるりとどうぞ」
「ありがとうございます」

 桜島の宿舎に戻ると、対面の内容を俊輔に送った。小松か大久保が同道するかもと書いたつもりが断定的になり、そのまま木戸に伝わったのは少し大きく出た小さな失敗だった。それでも、お互い好印象に満足して、20日ほど滞在して、聞多は鹿児島を離れて長崎に行った。

「俊輔、旨ういったなぁ」
「聞多も無事済んで良かった」
「うまくいったかどうかはこれからじゃ。何しろこちらは長州、あちらは薩摩のお国言葉対決じゃ。よう分かったかは、自信はないの」
「なんじゃそれは」
 二人で大笑いしていた。

 長崎では順調に買い入れが進んでおり、積み荷とともに聞多が乗るだけになっていた。俊輔のここまでの手伝いをした近藤長次郎と、買い取る予定のユニオン号にグラバーも乗船して、三隻で下関・三田尻を目指した。
 俊輔は近藤・グラバーとともに下関で下船し、聞多は三田尻まで銃を運び銃を下ろして下関に帰ってきた。
 
 出迎えに来た木戸と晋作と話し合いをして、近藤を今回の功労者として藩主から礼を申してもらえるよう手はずを整えた。しかし、文の内容に期待していた木戸には不満があった。
「そういえば、君たちからの文には、小松殿か大久保殿が一緒に来るとあったのだが」
「聞多、説明を」
「あぁあの話はわしの先走りで、少し無理があったようじゃ。木戸さんに期待させてすまんかった。まだ関係つくりは始まったばかりじゃ」
「たしかに、そうだが、此度の薩摩の関係者は、頼りになるものがおらぬのが気に障る。薩摩のほうは本気なのかまだ分からぬ」
 木戸はいら立ちを隠そうとしなかった。
「木戸さん、こちらの長州にしても異論は多いではないですか。すべてはこれからです」
 俊輔もなだめるようにこれからを強調していた。
「近藤さんにも厚く礼をして、藩公や世子様から薩摩の藩主への感謝をお伝えすること、皆で関係を深めるしかないのでは思うのじゃ。公儀の目を気にしながら、薩摩がこれだけやってくれたのはよいことだったと、広沢さんも言っておったしの」
 聞多も成果を強調して言った。

 そうこうしているうちに、事態は緊迫してくる。幕府は長州への再追討を決定し、薩摩など西南雄藩の反対を押し切り勅許をえることに成功していた。
 薩摩からは追討に反対していたことの説明と、兵糧についての相談がなされた。事前に情報を得ていた、広沢などの藩要路は速やかに了承する決定を行い、相談の使者として来ていた坂本龍馬にその旨を伝えた。

 その坂本龍馬とほぼ同じ時期に黒田清隆がやってきた。こちらの話は西郷からの要請で、木戸に上京をしてほしいということを、伝えに来たというものだった。その本意について疑問のあった木戸は、晋作と聞多と俊輔に相談を持ち掛けていた。

「私でなくともよいと思うのだ。聞多なら小松殿に会っているだろう、君が京に行ってもよいのでないか」
「木戸さん、無理を言わんでほしいの。逆にわしはこの藩の中での一番の実力者ではないことが、薩摩に知られちょるということじゃ」
 聞多はあくまでも木戸が行くべきだと主張した。
「僕も木戸さんが行くべきだと思う」
「僕も木戸さんが行かないと話にならないと思います。他の人が行っても効果がないです」
 晋作も俊輔も同意していた。
「なぁ、そうじゃろ。ただ、一人で行くのは内向きにも外向きにも、危険なことに違いないんじゃ。晋作、奇兵隊や諸隊から、木戸さんと同行するものを選んでくれんか」
 藩論について、散々辛酸を舐めてきた聞多が、提案をした。
「そうだなぁ。奇兵隊からなら片野十郎などが良いと思う。聞多が中心となって、木戸さんの上京の手配をしていると付け加えて、同道するように要請するがそれでいいか」
「そうするしかないじゃろ。山縣や福田はわかってくれるかの。品川弥二郎あたりにも、同道してほしいと伝えておいてくれ。藩政庁周りはわしが、何とかする」
「木戸さんもそれでいいだろうか」
 晋作が改めて木戸の意思を確認した。
「わかった、上京できるように私も務めることにする」
「決まった。わしは山口に行ってくる」

 山口に行く前に聞多は、俊輔にあった。
「俊輔すまん、あまり時間がないんじゃ」
「それでお願いとはなんだ」
「芸藩をどう思う」
「芸州の。芸州は公儀の言うとおりに動くだろ」
「いや、わしはそう思わぬ。長州の動き次第では、芸州は占領されることもあると警戒しよるはずじゃ。そこで、長州としては線引きを行い、それ以上は攻めぬという協定を結んでおく。そうすればお互いに利がえらるはずじゃ。どう思う」
「なるほどな。少しでも公儀の動きを抑えておこうということか。伝手がないわけじゃない。少し探ってみる」
「すまん。頼む」
「すまんばっかりじゃ。楽しくないことをやらされてる気がする」
「すまん」
「だからな。僕は君のやりたいことを代わりにできるの楽しみなんじゃ。心配されることはないんじゃよ」
「わかった、よろしく頼む」
「よし、やってくる」

 俊輔は聞多の顔を見て、にっこり笑いかけた。その顔を見て聞多は安心していた。


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