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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#142

25 次に目指すもの(1)

 工部卿参議となった馨の実質的初仕事は、帝の北陸巡幸に供奉することだった。この供奉も簡単には決まらず、宮中特に侍補から反対があがっていた。どうにか反対を抑えて、大隈とともに決定すると今度は事件が発生した。
 西南の役のあと物価が上がるが、財政難のため俸給を増やすことができなかった。その上士官との待遇の差に不満を持った下士官と兵が叛乱を起こした。鎮圧はできたが、そのような政情不安の中巡幸を決行することに、疑問の声があがった。しかし、このような世の中であるからこそ、帝の御威光を広めるため巡幸を行うべきという意見で決した。
 この時西南の役での論功行賞を担った山縣有朋はこの事件の責任を感じていた。陸軍卿を辞任する意志を持っていたが、後任の適当なポストがなかった。そのため伊藤博文らは、以前から問題になっていた、軍の作戦指揮組織として、参謀本部を独立させる方針を出した。そして陸軍参謀局長に山縣有朋を参議兼任でつかせることになった。
 馨は大隈と共に巡幸での先遣使を務めることになった。この旅の中で、鉄道の敷設ルートや道路、地場の工芸品等産業の振興に役立つ情報を集めて行くことにしていた。
 先遣使としては、行く先での歓迎の事や過剰にならない準備等気をつけることが多々あった。
 大隈とはこんなに密接になるのは、大蔵大輔を辞任して以来で、楽しみだった。
「大隈さん、碓氷峠越えってこんなに大変なものだったのかの」
「馨、さん呼びは止めんか。面倒である。そもそも、こんなに雨の中、山越えするのだ。人力では限界もあろう」
「はち、ここは山を掘って鉄道を通すぞ」
「鉄道はわかるが、山を掘らんでもできるのではないか」
「たしかにそうじゃ。スイスなど掘っていたら、大変じゃった」
 天候に悩まされながらも、どうにか新潟にたどり着いた。

「これは、どういうことじゃ。このようなこと嘘ばかりではないか」
馨は新聞を床に叩きつけて叫んでいた。
「まぁ、人気者の証であろう。最も日頃の…」
「はぁ、はちはデタラメかかれれて、大人しくしていろっちゅうんか。わしの仕事ぶりより、遊びっぷりか」
「まぁ、料亭で会合を開いたのが、遊郭での豪遊にされたのは、遺憾以外の何物でもないな」
「行幸の先遣じゃ。それくらいのわきまえは持っておる」
「大丈夫じゃ。皆はわかっているのであるから」
「弥二郎にも、気の毒がられた。もうええ」
 そうして新潟の夜は更けていった。港の検分、街道の整備そういった本来の仕事も無事済まし、北国街道を金沢へ向かって行った。

 金沢に着く前に、大隈は馨に提案をしてきた。
「金沢といえば、何だと思うか」
「100万石の城下町、金箔の産地じゃろ」
「それだけじゃなか。大久保さんを暗殺した輩の結社である盈進社がある。そこに乗り込もうと思っているのである」
「そうか」
「素っ気ないであるな。行くのは吾輩と馨、おぬしじゃ」
「そげなこと、岩倉さんが認めるはず無いじゃろ」
「そこは秘密である。警護のものも付けぬ。丸腰で行くのである。そもそも、暗殺だとやかましい事になっているであろう」
「確かに、金沢に着く前に警備のものが色々動き回っておった」
「その目的となる人物というと、吾輩と馨、おぬしであろう。なればこそ、話をつけに行くというのも一興であろう。我らの本当のところを知ってもらう良い機会じゃ」
「忍びで行くのか。はち、場所はわかっとるのか」
「そこは大丈夫である。馨、良いだろう。どうせおぬしと我輩が、夜出歩いたところで誰も心配せぬだろう」
「はぁ、また新潟の二の舞はごめんじゃ」
「そのようなことはなるまい。折角のこの機会、この様な冒険せねば勿体無いのである」
 何だかんだと言って、馨は押し切られ盈進社に同行することになってしまった。

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