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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#140

24 維新の終わり(11)

 またクリスマスシーズンがやってきた。このころ西郷の起こした反乱が終結したことを知った。
 年が明けると馨たちは欧州の大陸の旅にでかけた。パリから地中海のニースの方まで行き、ベルリンで無事結婚が成立した青木にもあった。青木とは西郷の起こした反乱の終結を受けて、事後のことなども話し合った。ほかにもロシアとトルコの戦争について、国際社会に対する影響も情報を交換した。
 このような大国の動きを身近に感じられることは、外交の最前線を知ることになり、まさにここでしか味わえない体験でもあった。この時青木と桂太郎には帰国が早まることになりそうだと告げた。桂とは帰国の時期が合わせられそうならば、フランスで合流して一緒に帰ろうと話をした。
 その後はぜひとも行きたいと思っていた、オーストリアのウィーンに行き、西洋の音楽やバレエなどを堪能した。最後はパリをじっくり回って、オペラ座とその周辺の町並みをしっかり目に焼き付けた。
 そして、ロンドンに戻り、また勉学に勤しむ生活に戻っていた。

「諸君、おはよう」
 馨はいつものように公使館に入っていった。すると奥の方から、見慣れない人物が寄ってきた。
「井上さん、お久しぶりです。末松謙澄です」
「末松くんか。朝鮮派遣以来じゃな」
「そうですね。そうです、井上さん。ここでは騒がしいからどこかに行きましょう」
「そうじゃ。わしの家に来んか。すぐ近くじゃ」
「それはいいですね。ぜひ奥方様にもご挨拶を」
「せわしなくて、すまんな」
 声をかけると二人で出ていった。
「末松くん、他のものに聞かれたくない話とは何じゃ」
 歩きながら馨は訪ねた。
「歩きながらお話するような事ではありませんよ」
「そうか」
「あ、もうすぐじゃ」
 二人は馨の下宿につくと、応接室に入った。そこには遊びなのか暇つぶしなのか留学生たちがお茶を飲んでいた。
「なんだ、おぬしたちおったのか」
 その声に居住まいを正した中上川と小泉は、馨の方を向いて挨拶をした。
「ちょうどよい。ロンドンに着いたばかりの留学生の末松謙澄君じゃ。色々教えてやってくれ」
「大使館付きでケンブリッジ大で学ぶことになった、末松謙澄と申します。よろしくおねがいします」
「僕は中上川健次郎です」
「小泉信吉です。僕たちは井上さんの御学友を自任させて頂いています。こちらこそよろしくおねがいします」
「まぁこの二人はなにかあるとうちに来る。末松君も気楽に来ればええ」
「ははは、僕らは何もなくてもお邪魔させていただいてます」
 中上川が笑いながら言った。
「こんな調子じゃ」
 気楽な調子で、馨が続けて言った。
「それじゃ、書斎で話を聞こう。武さん、すまんが茶の用意を頼む」

 書斎に通されて、座るとすぐに武子が入ってきた。
「こちらをどうぞ」
「わしのワイフの武子じゃ」
「武子でございます。今後ともお見知りおきを」
「末松謙澄です。朝鮮派遣使節でご同行させていただきました」
「同輩じゃよ。わしの再任官の日に、任官しとるんじゃ」
「まぁ、それは奇遇なことですね。それでは失礼いたします」
 武子が出ていったのを見届けて、馨はいままでの笑みを消して末松と向き合った。
「で、用件とはなんじゃ」
「まずはこちらをお読みください。工部卿の伊藤さんからお渡しするように申し付けられました」
 そこには、最近の情勢と木戸の死後の家の始末をやっていると書かれていた。帰国の件については、調整をしている。ただし、君の帰国が早まったことは友人知人に黙って欲しい。詳しくは末松に聞いて欲しいとあった。
「相わかった。それで、伊藤の話というのは」
「木戸さんの代わりという形で井上さんを参議にしたいというのが、伊藤さんの考えです。大久保さんの意向でもあるのですが、ただ実際は難しく、調整に手間がかかるのが予想されます。特に宮中から侍補の佐々木高行さんが提示されていて、取り扱いに苦慮されています。そのため、はっきりするまで、何卒ご自重いただきたいということでした」
「帝も政に興味をお持ちになったのか。まぁ、わしには敵が多いのは分かっとることじゃ。おとなしく勉学に励む。そう返事をするよ」
「財政が大変だと書いてあったが、詳しくはどうなんじゃ」
「西郷さんの薩摩の反乱鎮圧のための軍費がかなりかさんでしまいました。武器は輸入するしか無いですからね。他にも民間の徴用に費用の弁済もしています。大隈さんは三菱の言い値を、そのまま払っているとか言われるくらい、そちらも膨大な費用となっています。しかし、地租は減税してしまっているので収入は減っています。他に税を作ってなんとか税収をあげようとしていますが。一揆なども気になるので、難しいところです。結局、正貨での支払いは準備金を当ててしまい、国内向けには不換紙幣の発行で乗り切ろうとしています」
「準備金を使っておるのか。それで、紙幣の増発も。それでは物価が、貨幣の交換比率も、大変なことになっとるのではないか」
「おっしゃるとおりです、物価は上がり、金との交換比率は下がる一方です。大久保さんは復興のため、殖産興業に務めるとおっしゃられていますが、その費用どうされるのかわからない状態です」
「大隈には重い状態じゃの。どんどん進めるお人じゃからな」
「ですから、伊藤さんは井上さんの早いご帰国をお待ちです。そこのところぜひともご了承ください」
「この国に居るだけで、日本の未来を知ることができる気がするんじゃ。民の意識と議会の関係、女王と政府、政府と議会と政党、どれも一筋縄ではいかんな。それにこの国の大国としての意識も、日本には脅威でもある。戦だけでなく金の力で、相手の国の利権を取ることができるんじゃ。末松くんも心して励んで欲しいところじゃ」
「ご意見ありがとうございます。心して勉学に勤しみます」
「できれば、勉学だけでなく、文化そのものにも親しんで欲しいの。絵画、音楽、演劇、どれもすごいぞ。オペラというのはその全てが入った芝居じゃ。あれに対抗できるのは歌舞伎じゃろうな。だとすると歌舞伎もなんとかせにゃならんの」
「井上さんは歌舞伎がお好きなのですか」
「歌舞伎だけじゃのうて、芝居は好きじゃ。落語とかもな」
「私も大好きで、通っておりました」
「話が合うの。これからも、気楽に遊びに来たらええ。最近は海軍の派遣生もくる。知り合っといて損はない」
「そうします。それでは、ありがとうございました」
「こちらこそ」
 そう言うと門のところまで付き添って、馨は末松を送っていった。

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