【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#41
9 薩長盟約(3)
手始めに、三条実美の従士が下関に来ていたので、共に大宰府に向かいそこで薩摩との接触を図ることにした。
大宰府で三条公のもとにいる土方楠左衛門という人に会い、薩摩側との交渉仲介を頼んだ。仲介の成果で大宰府にいる薩摩藩士との面会ができた。その結果として、必要なものを得られることができた。
長州藩士では危険が伴うので、長崎に行くのに薩摩藩士に成りすます必要がある。そのための薩摩の通行手形と長崎在番の市来という人への紹介状を受け取ることができた。
しかも筆頭家老小松帯刀が長崎にいるという、この幸運をうまく生かさなくてはと二人の気は焦っていた。
「俊輔、ここまではうまくいったの」
「たしかに。ここまで親切にしてもらえるとは思ってなかった」
「そうじゃ、筆頭家老の小松殿に無事会って、名義借りができるよう取り払ってもらえれば武器が手に入る。銃だけでなく艦船もじゃ。そこまでは何としても漕ぎ着けねばの」
「よし、次は長崎!」
「おう」
俊輔が気合を入れて、聞多が答えた。長崎に行き武器を持ち帰る、これは必ず成功させるのだ。
長崎につくと、さっそく薩摩の長崎在番、市来六左衛門を訪ねた。
「この度はお目通りいただきありがとうございます。わたくしは長州の井上聞多でございます。こちらに控えておりますのが伊藤俊輔でございます。わが藩のためお骨折りいただきかたじけのうございます。」
「よう参られた。長州との和解はこちらとしても利のあること。ぜひともお志かなうようお手伝いさせていただく」
「つきましてはまことに勝手ながら、この長崎にご滞在とお聞きしました、ご家老様にお会いしたいのですが。かないますでしょうか」
「その件についても、大宰府より聞いております。すぐにでもお会いになりますか」
「ぜひともお願いいたします」
「わかりました。手配いたしましょう」
「かたじけない。よろしくお願いいたします」
「では、ご案内しますのでお待ちください」
市来との対面を終えて控えの間で待っていると、小松帯刀から迎えが来た。
「ご家老様との対面かないまことにかたじけなく思います」
「市来より聞いております。井上殿、伊藤殿、この度のお役目ご苦労様です」
「木戸よりお聞き及びかと存じますが、我ら銃器、艦船を購入するにあたり、薩摩様のご名義をお借りできないかと考えております。何卒お許しをいただき、この長崎にて購入して、国元に運び入れるお許しをお願いいたします」
「その件についてもすでに国父さまのお許しは出ております。後ほどお手伝いするものを使わせます」
「いろいろお手数をおかけすることとなり、誠にありがたく御礼の仕様もございません」
「それにしても、お国でのこと大変でしたね」
「はっ、ただ雨降って地固まるというか、無事志のまま進むことができております」
「それはよいことです。世の変革もわれら薩摩と長州で手を組めればかなうというもの。ぜひともこの度のこときっかけに、よろしくお願いしたい」
「当藩においても、多少の困難はありましょうが此度のことをきっかけに、共に手を取り事を成すべきと存じます。誠にありがたきお話ありがとうございます。国に帰りましたら、藩主にもこのご厚意に感謝いたすべきと伝えます」
「誠にご厚意に感謝いたします」
家老小松帯刀のもとを下がり宿舎とされた宿にたどり着いた。
「いやぁ、疲れたの」
「聞多の口がうまく回るか、心配になった」
俊輔が笑い出した。聞多もつられて笑った。ついでに酒も進んだ。
「あぁ明日はグラバーのところへ行って、銃器と軍艦の話もうまくやるしかないんじゃな。明日は俊輔頼むぞ」
「ただ、文を出して国元の様子を何度も確認しているのだが、回答が途切れているのが心配なんだ」
「あぁ、海軍局はわしらのことよう思っておらんだろうな。後でもめるのはごめんじゃ。あぁ今日のことは詳しくな。特に小松殿とのこと」
「そこですよね。当然。でも小松殿との感触を伝えることで何か変わればよいけど」
「すいません、お客様。お会いしたいという方が。お通ししてよろしいでしょうか」
「聞多、誰だろう」
「薩摩の誰かじゃろ」
「どうぞお通しください」
聞多が声を張り出していった。
「ご免、入りますぞ」
「どうぞ」
「急に罷り越し、すまんことじゃ」
「どのようなご用件でしょう」
「是非とも、薩摩においでいただき、詳しくお話をしていただきたい」
「えっ何と」
「薩摩にお入りいただきたいと」
聞多は俊輔と顔を見合わせた。
「即答はできませぬゆえ、明日でも構いませぬか。武器の購入でお越しになる方に言伝でよろしいでしょうか」
「合い分かりました。それでは夜分失礼しました」
必要なことだけ言って、立ち去って行った。
「あれはなんだったんじゃ」
「我らに薩摩に来いと」
「じゃが二人で行ったら、買い入れは進まんの」
「どちらか一人ということだな」
「ということだと、当然」
「わしか」
「聞多だ」
「はぁぁ。気が重いの」
「何を言ってる。聞多の使命は重大じゃ。今やわが長州の命運は君の肩にかかっちょる」
「いや武器の購入こそ重大な使命、俊輔こそ長州の生命線じゃ」
「お互いに頑張るしかないぞ、聞多」
「覚悟を決めるか」
聞多は大きなため息をついた。
「そうじゃ、わしが薩摩に行くのだから、薩摩から長州にも誰か行かせないかんの。いっそのこと小松か大久保ということにしておくか。そこも交渉するんじゃ」
俊輔はわかったと言って横になった。聞多も疲れたのか横になるとすぐに寝息を立てていた。
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