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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#97

19 予算紛議(7)

  馨と渋沢は、大蔵省の執務室へと戻ってきた。
「それで、司法省以外ですとどこが問題に」
「一番は工部省じゃ。なにしろ鉄道の金がかかりすぎる」
「市中に金を求めるんはどうじゃと思うちょる」
「カンパニーですか」
「そうじゃ、会社を立て、資本を民から求める。その資本をもとに鉄道を作り、開業後は利益を分配・投資するんじゃ」
「こうすることで、国庫からは支援金程度に収めることができると、言うのですな」
「運賃を担保にするんなら、このほうが自由度が高いと思うんじゃが」
「それを工部省側が理解できるでしょうか」
「工部省はあくまでも官でと言うてくるな」
「文部省にはなるべく認めたいところですが」
「あぁ、教育は基本じゃ。誰もが学べねば、身を立てる機会すら無うなる。これからの時代学問はすべてのものに必要じゃ」
「学問は束縛から放たれるためのものですね」
「そうじゃな。しかし無い袖は振れぬ。辛いところじゃ」
「そう言えば山縣さんの噂お聞きになりましたか」
「何じゃ」
「陸軍省では出入りの業者に金を融通しておると。その中心に山縣有朋さんがおるという話です」
「なんと、それが事実なら公金流用は」
「間違いなく問題になります」
「ただ司法省の連中がポリスなどを動かし、山縣さんの周辺を探っているとも。そうなると真の標的は井上さんではないですか。江藤さんもなかなかですが、周辺の取巻きはもっと厄介かもしれないです」
「はぁ、わしがか。茶屋で騒ぐくらいじゃが」
「その費用の出処でございましょう」
「なんとも世知辛いのう」
「御身お気をつけください」
そう言うと、渋沢は馨の部屋から出ていった。
 江藤が気にしているのは、地方の行政部分か。治安対策はポリス·警察と軍とそれを指揮する県令。県令のもとにあれば、大蔵省の管轄となる。そこを取りたいのだろうと思い当たった。
 それにしても遊ぶなと言われるとは。よけいに茶屋が恋しくなってしまった。
 定額問題はかなりこじれていった。文部省に関して右院が調停し決めたのが、300万円の希望のところ200万円だった。大蔵省はこれに異議を唱えた。100万に抑えるべきだと主張した。それを受けて正院は130万で決着をつけようとした。
三条太政大臣が調停をしようとしていた。
「文部省は100万超えならそこで納得すると言っておる。大蔵省もそこで手をうってはくれまいか」
「大蔵省の意見は変わっておりませぬ。100万円以上は出せません」
「井上、そのように頑なでは何も進まぬよ」
「大蔵省は否でございます」
馨は言い切って席を立っていた。
 また工部省との交渉は、大蔵省の財政の考え方に反するものとなっていた。
「いかに、鉄道敷設の資金が足りないからと言って内国公債を発行するなど言語道断です。このような債券の発行を許してしまうことは、債務の把握に支障をきたします」
「運賃をもって公債の担保とするのだから、国庫の負担とはならないだろうと存ずる」
「ならば、会社を建て、民間から資本を募る方が後の負担にはならぬ。我らはそう考えるがいかが」
「民間でと申されるのか」
「そういうことになる」
どちらも引かなかった。

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