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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#146

25 次に目指すもの(5)

 財政の問題は様々な分野に広がっていった。
 収支の均衡を賄うには、外債を使う、増税する、経費を削減する。実際に行われた不換紙幣の増刷は、物価の高騰と交換比率の悪化を招いた。
 博文から、持論を展開しすぎて、周りから反発を招かないよう釘を差されていた。
 それでも、大隈が導入しようとしていた、外債について反対をしていた。馨はイギリスで見てきた、強国による経済的支配の危険性を説明していた。
 同じことを最近日本を訪問していた、前アメリカ大統領グランドが言っていたため、帝にもご承知いただけて、外債には反対をされていた。
「大隈さん、外債の件は諦めてもらえんか」
「馨、やっと吾輩と話をする気になったか」
「そうじゃな。実は渋沢にも言われた。大隈さんと仲直りすべきはわしじゃと」
「相変わらずであるな、馨。他人行儀はよせ」
「そういえば、馨はこの件で閣議でなにか言ったか」
「… 。確かにはっきりとは言っとらん。別に言う必要もないくらい意見が割れとるからの」
「帝に上奏の結果、不可とされたのだからこの件は終わりである」
「大隈さんは、五代辺りから黒田達に寄せられた意見に、地租の米納があるという話知っとるか」
「五代からそのような意見の文をもらった」
「そうか、大隈さんが五代から」
「それがどうした」
「いや、それが聞けてよかった」
 席をたとうとする馨に、大隈はとどまるように声をかけた。
「それだけのために来たのか」
「そうじゃ。本人の口から聞きたかったからじゃ」
「馨、何を企んどる」
「大隈さん、わしが何を」
「嘘をつくのが下手な男だ、おぬしは。他人と意識をすると吾輩は、大隈さんとなるのだ。今日もであるな」
「あっ。それは」
 馨は思わず目を泳がせていた。
「どうせ、外債と同じで吾輩が薩摩とともに、論陣を張ると思っているのであろう」
「わしは、仲間だと思うちょるよ。昔から変わらんじゃろ」
「まぁいい。馨が米納に反対するのは、わかっておることだ。金納にするのを、目指しておったのだし」
「だったら、財政を縮小するのは賛成してくれるのか」
「結局そこか」
「五代の言う米納は実質の増税じゃ。増税せぬと言っておいて、増税以外の何物でもない。そげなこと認めるわけにはいかん。まずは整理をして歳入と歳出の均衡を図り、少しでも余剰金を出し、準備金を増やさねば、経済は持たぬ。それが原則だと伊藤にも提言するし、帝にも上奏する」
「それでは、吾輩は」
「わしにはわからん。これ以上話すことはない。帰る」
 大隈が五代との繋がりを名言した。当然だ。なぜ今まで気にしなかったのかと、馨は大隈の屋敷を出て考えていた。築地にいたとき集まっていたメンバーだが、全てが親しかったわけではない。
 五代も所詮薩摩だ。自分は本当に薩摩と相性が悪いと改めて実感した。しかし、松方正義とは手を組んでおかなくてはならないだろう。

 そんなとき大隈が馨の元を訪ねてきた。
「大隈さん、何かあったのか」
「なにかあったのか、ではない、なにかをするために来たのである」
「どういうことじゃ」
「吾輩は米納に反対することにした。税制の改革をしてきて、ここに及んで後退すべきではない。そもそも金納が財政を悪化させたわけでもない。やはり、財政を整理し、増税を行うしか無いだろう」
「大隈さん、それじゃわしらと」
「馨、おぬしらともう一度手を組むことにした。吾輩と馨が対立していることもこの混乱の原因であろう。意地を張り合ってもためにはならん」
「大隈さん、これで心強い味方ができた」
「馨、いい加減にさんづけはやめてくれんか」
「ははは、前にも他人行儀だといわれたの。はち、次の閣議でぶちまけることにした」
「わかった。吾輩も手伝おう」

 米納については、岩倉が積極的になっていた。米納を認める立場を明らかにしていたのは、黒田、西郷、山田、川村と言った参議だった。それに岩倉がのった形になった。
 金納により、農家が余裕を持ち、贅沢になり、輸入が増大し、財政難をよんだのだという。この理論には馨も呆れて、さすがに黙っていることはできなかった。閣議において意見を求められると、大隈とともに批判をした。
「そもそも、物価が高騰したのは、軍費の調達のため、不換紙幣の増発をしたことにあります。そのうえ、地租を下げたのだから、財政に負担がかかるのは明らかでありましょう。それを金納により、農民が豊かになったのだから、米納という形で収奪してよい、という法はないと存じます。農民は豊かになるべく努力もしております。その結果収入が上がり、生活が豊かになったのならば、国力が上がったこととなり、喜ばしいことです」
 馨は一息ついて、続ける。
「また豊かになった結果、生活が奢侈になり、輸入品を買うことになったとしても、輸出入の均衡を、崩すほどのことは無いと考えます。輸入超過の原因は、武器の輸入や建築資材、機械などの購入によるものが、絶対的に金額が大きいからです。まずは、必要なものの整理、特に土木事業の見直し、紙幣の回収、剰余金を作り準備金とすることを、考えるべきと存じます。そのためには酒造税の増税なども必要と考えます」
 この馨の意見に反対するものは現れず、米納は取りやめとなった。
 博文も大隈と財政整理の話し合いにつき、馨のだしていた意見の通りすすめることになった。これで、次の立憲政体へ進んでいく事ができると馨は思った。

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