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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#164

28 条約改正への道(3)

 鹿鳴館のパーティで、博文と馨は、密かに話し合っていた。
「宮内卿の居心地はどうじゃ。宮中も変革が進んでいるが、抵抗勢力は大きすぎるからの」
「まずは、陛下に皆の上に立つという心構えを、持っていただくところからじゃ」
「わしは実力行使が過ぎる、と言いたいようじゃの」
 馨はふと宮中での出来事を思い出していた。

 気になったのが、朝見の時の天皇皇后両陛下の椅子の高さだった。
 馨は宮中の担当に「お二人の椅子の高さを揃える必要がある」と命じていた。馨自ら確認したとき、椅子の高さが違っていた。

「椅子を揃えろと命じたはずだ」と、馨は担当に怒りをぶつけていた。
 すると担当者が言った。
「帝がこの椅子は好まぬと申されます」

 これには馨も頭を抱え、話の分かる侍従を通して、椅子を変えないよう申し上げてもらった。
 気になって、また確認に行くと、帝の方にだけ座布団があったり、クッションが置かれているという状態に。それを見た馨はそのクッションを投げ捨てていた。
 馨は、日本の国は天皇皇后両陛下あっての国、という印象を与えるのに一番の機会だということ。そのために、せめて座面を変えないでいただきたいと、また侍従を通してお伝え願った。

「細やかなことじゃがの」
「ずっと前だが聞多が言った『玉』を味方にを実践しちょるんじゃ。陛下に少し寄り添わんと」
「それで外務省の用件に無理があると、欠席されたことも仕方がないということかの」
「こちらの立場も考えてくれんか。陛下は洋風の改革も、あまり良く思われておらんのじゃ。皇后様が前向きでおられるのは、宜しいことじゃ」
「まぁ、朝見が夫婦同伴になったのは、まずまずの話ということかの」

 馨は博文の方を見ながら、笑いかけていた。其の笑い顔を引っ込めて、改めて話しだした。

「それでな、いよいよ憲法制定目指して動かんか」
「聞多、それは内閣の改革か」
「まずは内閣総理大臣の元に各大臣をまとめるようにの。ただ、外務と陸海軍は、専権事項を持つことになろうがの。ついでに機密費も制定してほしいんじゃ。外務大臣は総理大臣と同額で。最近は持ち出しが多くての」
「聞多はすぐ金を気にする。考えておくよ」

 馨はニカッと笑っていた。

「総理大臣の選考は廟議で行うしかないのだろう」
 博文は少し不安げにしていた。馨は自信満々に言った。
「候補は三条公と黒田清隆と俊輔じゃの。三条公は引っ込まれるだろうから、対抗は黒田ということになろう。大丈夫じゃ、俊輔を初代総理大臣にしちゃる」
「大丈夫なのか」
「安心しろ。わしに任せとけ」

 そんな二人とは別に、武子は意外な人物とダンスを踊っていた。
「中井さん、このようなことは」
「聞多さんとは踊れんが、おいなら良かはず。拒否はできんはずだ」
「ですからこうやって。貞子さんの御結婚も決まったそうで。それに県令にお成りとか」
「県令ぐらいがちょうど良か」
「そうかもしれませんね。あっ、曲が。それでは失礼いたします。次はイギリス公使と踊らなくては」

 武子は少し困った笑顔で中井から離れていった。
 中井は武子の、窮屈さのあまり感じない、ドレスの後ろ姿を見送った。あのドレスのガウンは西陣織だろうか、和を取り入れることで、この国の技術を広めようともしているのかと考えていた。

 しばらくして、パーティーもお開きになると、武子は馨とともに帰宅についた。

「伊藤様と秘密のお話。あのような場所でも流石に注目されるのでは」
「大丈夫じゃ。武さんと中井でダンスをしとったからの。噂好きはそちらに気を取られちょる」
 まるで馨が仕組んだかの様子で、面白がりながら言った。
「まぁ、ご覧になったのですか」
 武子は少し困ったような表情をしていた。
「当然じゃ。武さんのことは、なんとなくでも気においておるよ。公使と踊るときには、もっと笑ってくれとかの」
 馨は笑いながら話して、武子の表情を見つめた。そこにはいたわりと優しさが見て取れた。武子は少し自慢げに笑った。
「今日は頑張りましたよ。このように」
 そう言って武子は、西洋式の口を開ける笑顔を見せた。
「素晴らしい、スマイルじゃの」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
 馨も笑顔で返していた。

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