見出し画像

【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#147

27 明治14年の政変(1)

 憲法制定と条約改正、それがこれからの命題となっていくのだろうか。やるべきことは色々とある上に、財政を巡って大隈と対立した事は、心身ともに疲れをもたらしていた。
 しかし、そうも言っていられない状況になりつつあった。土佐の民権活動家の動きが盛んに見られた。議会開設要求が自由民権運動のグループから出されるようになり、大阪で地方の各組織も集まり、国会期成同盟第一回大会が開催されていた。
 それを受けて、政府としては取り締まりに動いた。集会条例を公布・施行したのだ。政治集会の実施、政治結社の創立を許認可制にし、国家への妨害を認められる場合は許可をしないと決していた。

 馨はロンドンで一緒に学んでいた、中上川彦次郎は工部卿時代に採用して、外務省にも引っ張っていた。彼は福沢諭吉との窓口にもなってくれて、情報も持ってきていた。

「俊輔、我らも民権運動対策を、するべきじゃないだろうか」
「例えばどんなことだ」
「新聞じゃな。官報のようなものじゃ。公のことを皆に知らしめるんじゃ。福地にでも相談するかの」
「もう少し具体的になったら、話をしてくれんか、聞多」
「そう言えば、陸奥はどうしちょる。俊輔は面会に行ったとも聞いたが」
「あぁ、政府転覆の罪で有罪になって、山形に収監されとったときに会いに行った。陸奥を使いこなせなかったのは、僕の失敗でもあるからの」
「陸奥を使いこなす、か。陸奥は才人じゃが才にこだわりが強すぎじゃの」
「僕ら位じゃろうな。陸奥を使えるんは」
 ふっと博文は、馨には陸奥の苛立ちは、理解できないだろうと思った。陸奥は君に会えなかった僕だ。いやそれでも僕には、長州という後ろ盾も、木戸さんという恩人もあった。それすらない陸奥は、こうするしかなかった。官員を捨てても、やりたいことができる馨とは、違うのだ。
「わしも陸奥に差し入れをするか」
「今は宮城じゃよ」
「そうか」
「で、俊輔は何を悩んどるのか」
「大隈の事どこまで信用しちょるんか。聞多、君は大隈を信用しとるようだが」
「わしはいろいろあっても、手を組んどいたほうが良いと思っとるよ。米納も大隈の協力で潰せたしの」
「僕は大隈は、日和見というかコウモリのようだと思う。僕はもう同士とは思っとらん。場合によっては、危ないと思う」
「他のものが言うように、ロシア公使にでもするかの」
「黒田の代わりに北海道はどうか」
「黒田を外すことのほうが面倒じゃ」
「たしかに、薩摩に余計な刺激は与えられん。大隈とは議会対策もある。手を組むのはやめられんな、聞多」
「そうじゃよ。ただ、俊輔のその感じ、わしも持つことにする」
 馨は博文の顔を見て、笑った。博文も笑った。

 馨は、福沢とも話をしてみたいと思っていた。中上川は福沢との縁が深い。交渉役にピッタリだと思った。
「中上川くん、福沢先生と話がしてみたいんじゃ。前にも会ったことがあるが、今度は協力をお願いせにゃならんかもしれん」
「立憲政体や議会のことですか」
「それだけではないの。色々あるんじゃ」
「そういえば、先生が今度有志を集めた組織を作るそうです。交詢社というのですが、井上さんもそのお話を、お聞きになったらどうですか」
「有志というのは、どういう」
「慶應義塾に関わった人や、官員や商工業者で、福沢さんの考えに共鳴した人といった感じですか。井上さんだって、開明派と言われているではないですか。面白いと思いますよ」
「それもええかもしれんの」
「それでは先生にお伝えします」
「すまんが、そうしてくれ」
 福沢の始める交詢社というのに、馨は興味を持ち始めていた。自由主義にたつ民権運動には、危機感を抱いていた馨や博文は、自分達に近い人達の意見を、利用したいと考えていた。

この記事が参加している募集

サポートいただきますと、資料の購入、取材に費やす費用の足しに致します。 よりよい作品作りにご協力ください