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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
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2022年8月の記事一覧

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#109

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#109

20 辞職とビジネスと政変と(7)

 東京に戻った馨を待ち構えたかのように、伊藤博文が押しかけていた。
「無事の帰国なによりじゃ」
「ずいぶんおらん間に変わってしもうた」
「そうじゃな」
「西郷さんらの朝鮮への使節の件どう思うんじゃ」
「わしには関係ないじゃろ」
「聞多、大事なことじゃ。戦にでもなればビジネスどころじゃないぞ」
 馨は博文のほうを見て、仕方がないかとでも言うように話しだした。

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#110

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#110

20 辞職とビジネスと政変と(8)

 だが、閣議は思ったような進展をしなかった。西郷隆盛の朝鮮使節派遣が決定されたのだ。閣議決定を三条実美が天皇に上奏するだけになった。
 すると決定を受けて、岩倉、大久保、木戸の三人が辞表を出す。三条実美は派遣反対、賛成の板挟みに悩み倒れてしまった。太政大臣の職責を三条実美はできなくなり、太政大臣代理に岩倉具視が就いた。
 次の手を打ったのは、大久保だった。宮内

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#111

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#111

21 大阪会議(1)

 新聞に大きな文字が踊っていた。
「民 撰 議 院 設 立 建 白 書 」
 民の選挙によって議員を決めて、国会を開こうというものだった。これまでも民権活動家と言われる人たちがやったものはあったが、今回は政府の中枢にいた人たちも一緒に名を連ねていた。
 征韓論で下野をした、板垣退助や江藤新平がおり、でも知らない名の者が筆頭に出ていた。小室信夫、古沢滋という人物に、馨は興味を

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#112

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#112

21 大阪会議(2)

 日を置かずに東京に戻ったところで、江藤が佐賀で士族が兵を挙げたことを知った。そういえば前原一誠も官を辞して萩に帰っていたことを思い出した。前原は政府の士族に対する秩禄処分や徴兵制に不満を持っていたと思いを巡らしていた。前原を萩から引き離すべきだ。木戸や博文に文を送ったが、不安が消えることはなかった。山口にもまた騒動が起きるかもしれない。それは馨にとって確信にもなる出来事に

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#113

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#113

21 大阪会議(3)

 三井組の事務所に馨は向かった。自分から行くことになるとは、と少し不思議な気がしていた。
 受付に顔を出すと「井上馨というものじゃ。大番頭の三野村さんにお会いしたい」と用向きを告げた。
 係の者は少し緊張した声で「ご案内いたしますので、そちらにお座りいただき、お待ち下さい」といった。
 しばらく待っていると、三野村についている顔を見たことがあるものが出てきて「これは井上様、

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#114

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#114

21 大阪会議(4)

 馨は着替えをしに、荷物をおいている定宿に戻り、またでかけていった。そして陸奥とかかれた表札の家に入っていった。
「陸奥くん、すまん、井上じゃ」
夫人が出迎え、書斎に案内していった。
「あぁ、井上さん。お久しぶりです。そちらにお座りください」
「木戸さんにはお世話になって、ご相談にもあずかったのに、結局大蔵省をやめてしまいました」
「それでも、わしが止めていた金納を、やり遂

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#115

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#115

21 大阪会議(5)

 次の日、馨は大阪行きの船に乗った。部屋に荷物を置くと、食堂室に向かった。陸奥からの文によると、食堂室で知り合いにあったかのように振る舞いたいとあったからだ。
 食堂に行き、見回すとそれらしい二人組は、まだ見当たらなかったので、ブラックティーとスコーンを頼んだ。
「井上さんですね。小室と古沢です」
不意打ちのように声をかけられた。
「井上馨です。小室くんと古沢くん。よろしく

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#116

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#116

21 大阪会議(6)

大阪で下船をして、先収社の事務所に行った。事務所は活気に満ちていて、皆忙しそうに動いていた。所在無げにその様子を眺めていた馨は、自分の事務室には入らずにいた。そして事務仕事をしている、吉富簡一の隣りに座った。
「聞多さん、木戸さんからの文が来てますよ」
「簡一、政の役目を押し付けられてきてしまった」
「そうですか、伊藤さんがいて、木戸さんもいらっしゃるのだから仕方がない

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#117

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#117

21 大阪会議(7)

 大久保側からも、板垣側からも大久保と木戸と板垣を大阪に迎えて、立憲政体の道筋をつけることに決している。特に大久保はこれをきっかけに、木戸を参議に戻ってもらうことにかけているようだった。それを合わせて、木戸に向けて早く決断するように文を送った。やっと、大阪にくる気になったと連絡がついたのはもう少しあとのことだった。
馨は木戸と顔を合わせるとすかさず言った。
「木戸さん、本当

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#118

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#118

22 江華島事件(1)

 「まさか、あの御仁が陸奥くんまで巻き込んで、このような企てをしようとは」
木戸が怒っていた。
「ですが、われらも、板垣側の条件の卿・参議の分離の道筋が描けておらんでは」
馨はなだめようとしていた。
「だからと言って、元老院の機能を、賛成なくば法の成立は認められぬと勝手な拡張をするなど。性急なことをしても、誰もついてはこれんだろう。皆の理解を得られずして、孤立して何ができ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#119

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#119

22 江華島事件(2)

 大久保利通が珍しく、落ち着きをなくしていた。その場には伊藤博文もよばれていた。
「全く、台湾が片付いたと思ったら、今度は朝鮮だ。あっちもこっちも勝手なことを」
「しかし、考えてみると、朝鮮に対して交渉をする良い機会かもしれません」
「だが、朝鮮となると血の気が多くなるものばかりではないか。戦だけは避けねばならん。台湾以上に清の動きも気になる」
「確かに、それにまた頭の痛

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#120

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#120

22 江華島事件(3)

博文と山縣は、銀座の馨の会社の前で待ち構えていた。
「聞多、用事は終わりか。狂介も暇だというから一緒に待ち構えとった」
「狂介も暇じゃと、そりゃ珍妙じゃな。江華島の始末まだついとらんだろう。いつからそんな閑職になったんか」
馨は、おもわず、言葉尻に絡んできた。
「僕だって、息抜きが必要じゃろ」
「確かにそうじゃな。すまん狂介」
「そうじゃ。三人で騒ぐんじゃ」
博文が妙な気

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#121

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#121

22 江華島事件(4)

 逃げることも、隠れることもできないうちに、また俊輔と狂介がやってきた。
「聞多、今日こそ結論を出そう」
 博文が口火をきった。
「結論?朝鮮への使節の件か」
「そうだ。改めて大久保さんから君を説得してほしいとお願いされてきた」
「聞多さん、大久保さんは君の力が必要だと言っているんです」
 山縣も馨に声をかけた。
「狂介も俊輔もご苦労なことじゃ。だいたいわしには裁判という

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