句読点のようなコーヒーの時間
たぶん社会に出てからもう何年も大事にしてきたこと、
それは句読点のようなコーヒーの時間。
毎朝のルーティンはだいたい決まっている。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けて、トイレに行って、
そのあとグラスに注いだ冷たい水を一杯飲む。
電気ケトルでお湯を沸かす間に大きな伸びをして、少しだけ目眩。
ちょっと貧血かなあと、あくびをしながら冷蔵庫を開けると食材が何もないことに気づく。
今日はカフェでモーニングをしよう。
感染症が流行る前はそんな日常だったのを思い出す。
平日の出勤前、30分。
職場の近く、モーニングがお得なチェーン店でコーヒーを飲む時間。
それは個人経営の古い喫茶店ではなく、注文したものがすぐに提供される気軽な店。
ドトールのコーヒーは今までで1番多く飲んだ気がする。
ベローチェのたっぷり淹れられた熱々のコーヒーや
マクドナルドの朝マック、
サンマルクのモーニングセットは焼きたてのチョコクロに出会える確率が高い。
自分ではない誰かが淹れてくれるコーヒー1杯と
手帳を開いて今日のTODOと将来のことを考える。
お気に入りのブックカバーをかけた本を数ページ読んで、好きな文章を書き留める。
一瞬だけ時間を忘れてたことに気づいて、スマホの画面に表示された時間を見る。
まだ時間はある。
SNSのチェックをする。
Twitter、インスタグラム、今日の占い、推しの情報。
ふと顔を上げると目の前のサラリーマンがパソコンを開いている。
こんな場所でも仕事するのは大変だな、
そう思って立ち上がる。
出勤時間が迫っているので、もう行かなくちゃ。
コーヒーを飲む、それは自分の日常に句読点を打つ、もっとも大事な時間。
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