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【映画レビュー】『愛について語るときにイケダの語ること』:もうすぐ死ぬことがわかったら、何をしたいですか?

 この映画について語るのは怖い気がする。何を言っても建前になってしまいそうである。本当のことが書けなさそうだ。だから、できれば、みなさんに自分の目でぜひこの作品を見ていただきたいと願う。
 でも、何も語らないのも、なんだか卑怯な気がしてしまうので、勇気を出して、頭に浮かんできたことをなるべくそのまま書いてみようと思う。

「性的欲求」と「恋愛」との葛藤(性と愛)

 もう少しで命がなくなるかもしれないとわかったら、どうするだろう。
 この映画の主人公であり企画者・作り手であるイケダさんは、四肢軟骨無形成症(通称コビト症)という障害をもつ。そして、イケダさんは胃がんにかかっていることがわかる。
 イケダさんは、自分自身の性・肉体・女性とのかかわりについて、映像に残すことを考えた。その段階ではまだ、死の影はあったものの、生き抜くつもりだったように見えた。
 まず一つには、自分の風俗店での性行為を映像に残すことにする。障害を持つイケダさんにとって、性行為をすることは、普通の人よりも壁が高い。だから、普通の人の「セックスをしたい」とは、少し違う意味合いを帯びている。
 もう一つは、女優を相手に、さも本当であるかのような虚構のデートをする。女性とのかかわりという点では同じだが、イケダさんの中では、一つ目の性的な欲望とこれは対極にあるのではないかと感じた。
 この二つは、イケダさんという人間の中での葛藤をそのまま表しているようだった。性的な欲求を満たしたいということと、本当に好きな人とそばにいたいということは、普通は矛盾しないかもしれないが、イケダさんにとっては両立しにくい葛藤であったのではないだろうか。

負の意識を抱えて

 風俗店での性行為は、好きな人とのセックスではない。性的欲求は満たされるが、恋愛とは違う。イケダさんは、「パートナーが欲しい」「死を看取ってほしい」という言葉を漏らすようにもなる。しかし、恋愛には相手がいる。相手の思いがあるから、自分の思いではどうにもならないとイケダさんは話す。
 そして、イケダさんは、虚構のデートで相手の女性から「付き合ってほしい」と言われたとき、つい、「自分でいいのだろうか」という、後ろ向きな本音を吐いてしまう。虚構なのだから単に「OK」と言えばよかったのに。
 それらの言動を観ると、イケダさんの心の奥底には、常に「自分を受け入れてもらえるのか」「自分で満足してもらえるのか」という負の意識が存在していたのだなと感じた。

人間同士のつながりという普遍的な難題へ

 イケダさんは、がんが進行し、自分の死を強く意識するようになって、性的なものが真の願いではないような境地に傾いていたように思える。
 イケダさんは、「血のつながりって大事なのだろうか」というようなことをぽつりともらす。「大事な人、好きな人て何なのだろう」「どういうつながりなのだろう」。そのような、人間の普遍的な難題に近づいていく。
 性的欲求と恋人との恋愛という葛藤は、イケダさんの心の奥にあるもっと深い葛藤が表面に現れただけのものであるように思えた。
 死ぬ間際に何度もお見舞いに来てくれたのは、以前に付き合っていたキャバクラの女性だったという。イケダさんが求めていたものはなんだったのだろうと、複雑な気持ちになった。 

建前やきれいごとを吹き飛ばす

 私自身は、性的な話題を表立って話したり、話題にしたりするのが苦手である。人から聞かされるのも、なんとなく避けてしまう。
 しかし、性的なものが人間の中で大きな部分を占めることはわかっている。もし自分がもうすぐ死ぬことが分かって、死ぬまでに何をしたいかと言われたら、性的なものも選択肢の中に入ってくるかもしれないし、性的なものなど大事ではないと思うかもしれない。どうなのだろう……
 ただ、いずれにしても、本音の意思表示はできないかもしれない。自分をさらけ出すのはなかなか難しいことだと思う。
 この作品は、そうした私のような建前やきれいごとを吹き飛ばし、心の奥に渦巻く本質的なものに迫っていこうとしているように思える。イケダさんはそれを、自分の命をかけて、追い求めたのだと思う。
 それにしても、イケダさんの姿を映像として見ることはできるけれど、実際のイケダさんはもうこの世にはいないんだと思うと、胸が苦しくなる……


 冒頭にも書いたように、この作品について何を言っても嘘っぽくなる気がします。やはり、自分の目で観て、自分の心で感じてほしいです。
 そして、もしできることなら、「もうすぐ死ぬことがわかったら、何をしたいか」について、映画を観た人と語り合ったりできたら、素晴らしいことかもしれません。

https://youtu.be/XelVhdW301M

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