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【映画レビュー】『生きる』:もう少ししか生きられないと知っても生き方を変えられるだろうか

 主人公は、がんになって自分の余命が長くないと知った、市役所勤めの公務員。彼は、それをきっかけに、事なかれで生きてきた自分の人生を振り返り、残り短い人生を全力を尽くして悔いのないように生きることにする……というストーリーは多くの方がご存じだろう。
 自分が主人公と近い年になってこの映画を改めて観てみると、若いときに観たときには気がつかなかったことがいろいろあった。


渡辺の人生は回想シーンで語られていた

 最初に驚いたのは、映画の構成だ。
 自分の死が遠くないことを知った市役所の部長であった主人公の渡辺は、そのあと生まれ変わったようになる。以前は、住民からの訴えを他の部署にたらいまわしにすることに何の後ろめたさも感じていなかったが、その訴えを実現することに命を懸けることにする。お役所の慣習をものともせず、周りから後ろ指をさされながらも、困難に立ち向かい、ついには公園の建設を実現する。
 ……という姿が描かれる映画だと思い込んでいたのだが、実は、渡辺は映画の最初の方で、あっさり死んでしまう。そして、彼の葬儀が始まる。
 渡辺が人生の最後をどんなふうに過ごしたのかは、その葬儀の場で、同僚の公務員たちが彼のことを回想する中で、少しずつ明らかになっていく構成になっていたのだ。

命を燃やした人生と、事なかれ主義との対比

 渡辺は、必ず公園建設を実現するのだと、ひたすらに進んでいった。体はどんどん弱ってふらふらになっていくが、何も恐れることはなく、圧力にも屈しない。どんなにぶざまでバカにされても頭を下げ続ける。志村喬が鬼気迫る演技で演じるその姿は観る者にぐいぐい迫ってくる。怪演といっていいくらいだ。
 それに対して、同僚の公務員たちが、葬儀の場で言い訳がましく渡辺のことを思い出していく過程は、いかに彼らが事なかれ主義で、自分のことばかり考えているかを非常によく表している。お役所の慣習を盾にして問題を回避してばかりで、自分の身を守るためによいしょばかりしている姿が、渡辺の生き方と対比的に浮かび上がってくる。
 このように回想によって語られる構成によって、この映画が単なるお涙頂戴の病気ものとは違った作品になっている。

生き方をすぐに変えられたわけではなかった

 しかし、実は、渡辺は余命短いと知ってすぐに生き方を変えられたわけではない。あまりのショックと恐怖で、グジグジと愚痴をこぼしたり、酒におぼれたり、同僚だった若い女性と一緒にひとときの楽しい時を過ごしたがったり、とにかく不安から逃れることに走った。同僚の女性には「老いらくの恋じゃないか」と責められ、最後には気持ち悪がられてしまった。
 しかし彼女のひと言で目が覚めて、最後の命の炎をぎりぎりまで燃やし続けるという生き方を選ぶに至る。
 私には、このあたりの場面が、心に刺さった。ものすごく痛かった。
 最近知ったのだが「ミッドライフクライシス」という現象があるそうだ。中高年になり、子供が巣立ち、職場でも第一線を退き、体も思うように動かくなってきたりして、これから何ができるのだろう、何かいいことがあるのだろうか、というような不安や憂鬱に襲われる現象だ。生きる意味を見失ってしまう人も多いそうだ。私も同じような状態になった。
 この先、もう何もできない。楽しいこともないの。自分に残された時間は多くない。その中でできることと言えば限られてしまう。しかも若いときのようにどんどんこなせなくなってきている。もう何のために生きていくのかわからなくなった。
 いまでもそこから抜け出せたとは言えない。そんな年齢になってこの映画を観直してみたから、若いときに観たのとはかなり違った受け止め方をしたのであろう。

この映画が訴えかけてきたこと

 映画「生きる」が作られた時代は、がんであることを本人には伝えないことが主流であった。しかし、いまは告知するのが原則である。
 私も年齢的に、いつそういうときがくるかわからない。いや、いますぐでもおかしくない。
 知らされたとき、どう思うだろう。どうするだろう。人間はなかなか厳しい状況を想像できないものだ。だから、正直なところ、私も、実際にそうなってみないとわからない。
 ただ、残り時間が少ないことには変わりないのだ。
 映画には「命短し恋せよ乙女」の歌を歌いながら、1人でブランコをこぐ有名なシーンが登場する。そうだ! 生きているうちに、やらなくてはいけない。そのことをこの映画は訴えてくれる。
 今やれることがあるはずだ。まだ何かやれることがあるはずだ。余命宣告されてからでは遅いのだ……


 実は、念願だった、映画に関わる仕事ができることになり(間接的にですが)、その関係で黒澤明監督のこの作品を観直してみました。 すっかり忘れてしまっていることも多く、昔見てよかった映画をもう一度見直したいなと思います。
 でも、新作も観たいので、どちらを優先すべきか迷います。それこそ、残された時間は多くないので… 


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