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【創作シナリオ】ラジオドラマ『画面越しの恋人未満』

コロナ禍のなか、人と人が肌で触れ合う意味について考えてみました。


登場人物

田中明(26)
伊藤由美(24)
オンラインミーティング参加者 数名


あらすじ

 田中明と伊藤由美は、同じ仕事のプロジェクトに参加しているメンバーである。コロナ禍の今は、オンラインでミーティングを行い、プロジェクトを進めている。
ある日のミーティングの後、伊藤の画面の背景になっていた三井寺の風鈴の話から意気投合した田中と伊藤は、二人でオンラインで話すようになった。何度か話をするうちに、田中は伊藤に、一度会わないかと誘うが、伊藤はオンラインのほうがよいと断る。画面越しに手を触れあえば十分であり、なぜ直接会う必要があるのかと。
田中は、なぜ彼女に会いたいのかを自問し、その意味は、直接体に触れることだと、伊藤に伝える。触れたいから会いたいわけではないのだが、意味はそれしかなかった。それを聞いた伊藤は、田中と会うことに同意し、二人は、三井寺で初対面する。


シナリオ

田中「それでは本日のオンラインミーティングは、これで終了したいと思います。お疲れさまでした」
全員「お疲れさまでしたー」
 
ミーティングから次々と抜けていく、「ピロリン、ピロリン」というコンピュータ音が続く。
 
田中「あれっ、伊藤さん、背景の写真はもしかすると三井寺ですか?」
伊藤「えっ、はい、そうです。コロナ禍の直前に、旅行にいったんですよ。ご存じなんですか、風鈴のトンネル」
田中「私も、10年くらい前に行きました」
伊藤「そうなんですか? 珍しいです。三井寺に行った人と初めて会いました」
田中「そうですか! 風鈴の音いいですよね」
伊藤「はい、いいです」
田中「もうコロナのせいで、旅行もなかなかいけなくなっちゃいましたもんね」
伊藤「ええ、ほんとに。でも、オンラインでこうやって簡単にお話しできるようになったのは、よかったです」
田中「ああ、確かに。伊藤さんとも、今まで話したことなかったですもんね」
伊藤「私は、直接人と会ってお話しするのが苦手なので、助かってます」
田中「実は僕もです。うん、伊藤さんがこんなに話しやすい方だなんて、思いませんでした」
伊藤「私こそ、田中さんって、ちょっと近寄りにくい感じがありましたので」
田中「そうですかー? 全然そんなことないんですけど」
伊藤「お話しできてよかったです」
田中「こちらこそ。伊藤さんとお話ししたいなとずっと思ってたんです」
伊藤「えっ、……うれしいです」
 
音楽流れる。モノローグが重なる。
 
田中 ――それから、私は伊藤さんと、ときどきオンラインで話をするようになった。
 
音楽止まる。
 
伊藤「ふふふっ、それって、偽物なんじゃないですか?」
田中「ええ、そうなんですよ。みてくださいよ。POROだと思ったら、ここが『PQRQ』ってなってるんですよ」
伊藤「えっ、どこですか?」
田中「ここです。ちょっと待ってください。カメラに近づけますね」
伊藤「ああ、ほんとだ、ええーっ、田中さんどうして気がつかなかったんですか?」
田中「本当にボクとしたことが…」
伊藤「ふふふっ、あー、おもしろい」
田中「もうホントにー」

ピピピピ! 時計のアラームが時刻を知らせる。
 
伊藤「あっ、もう11時。遅くまですみません。それじゃあ、今日はこのあたりで」
田中「え、もうこんな時間か」
伊藤「ありがとうございます。楽しかった」
田中「またぜひお話ししましょう」
伊藤「はい、ぜひ」
田中「あのう……」
伊藤「はい」
田中「いや、いいです。また連絡しますね」
伊藤「お待ちしています。おやすみなさい」
田中「おやすみなさい」
 
ピロリン、ピロリン(ミーティングから抜ける音)
音楽。モノローグが重なる。

 
伊藤 ――このように私は、オンラインで田中さんとお話しするようになった。それはとても楽しいひとときだった。
 
音楽止まる。
 
田中「伊藤さん、あのー、ですね」
伊藤「はい」
田中「もしよかったら、一度お会いしてもらえませんか」
伊藤「えっ、でも……」
田中「本当にいつでもご都合のよいときでかまいませんので」
伊藤「あのー、私は直接お会いして人と話すのが苦手なものですから」
田中「いや、僕だって得意じゃないんですけど、伊藤さんなら、楽しくお話しできそうです。だめですか?」
伊藤「だめというわけでは…。でもやっぱりこのままもうしばらくオンラインでお話しするのがいいと思うんです」
田中「もちろん、無理にというわけではないので」
伊藤「すみません」
田中「いえ、こちらこそ、急にこんなお願いをしてしまって申し訳ありません。気にしないでください」
伊藤「ほんとにごめんなさい」
田中「本当に気にしないでください。オンラインでお話しできれば、十分楽しいですから」
伊藤「ありがとうございます」
田中「それではまた」
伊藤「おやすみなさい」
 
ピロリン、ピロリン(ミーティングから抜ける音)
音楽。モノローグが重なる。

 
田中 ――伊藤さんは会ってくれなかった。
伊藤 ――田中さんから会いたいと言われた。
 
音楽止まる。
 
田中「はははは、そりゃおかしいな」
伊藤「本当にそうですよね」
田中「伊藤さん、意外におもしろい人なんですね。今まで知らなかったな」
伊藤「いえ、田中さんこそ」
田中「あー、伊藤さんに会ってみたいなあ」
伊藤「えっ」
田中「あっ、つい」
伊藤「いえ」
田中「うーん、ねえ、伊藤さん。だめですか。一度、お会いしてもらえませんか」
伊藤「それはこのあいだ、お話ししたとおり」
田中「オンラインでお話するだけで楽しいのは楽しいんですけれど」
伊藤「あのー、田中さん。どうして私と直接会いたいと思うのですか?」
田中「どうしてって、やっぱり直接お顔を見たり、声を聞いたりするほうが、楽しいと思うんですよ」
伊藤「でも、顔はいま、画面を通してしっかり見えていると思いますし、声もよく聞こえてますでしょ」
田中「まあ、それはそうなんですれども、やっぱり生とは違うんじゃないかな」
伊藤「どこが違うのでしょうか」
田中「どこがって言われても、そうだな、空気感とか、いや違うな……、熱気みたいなものが伝わってくるというか」
伊藤「そんなに違うものでしょうか」
田中「えーっ、伊藤さん、こだわりますね。そんなに嫌ですか?」
伊藤「嫌といいますか…」
田中「嫌なら無理しなくてもいいんですが」
伊藤「田中さん、私の手、画面につけてみます」
田中「えっ?」
伊藤「田中さんも画面につけてみてください」
田中「はい。こうですか」
伊藤「私は田中さんが、こうやって私と手を合わせてくれたことで幸せを感じます」
田中「はあ、そうですか」
伊藤「はい」
田中「そうなんですか」
伊藤「私のこの顔、画面に近づけると、ほら、すみずみまでよく見えますよね」
田中「えっ、ああ、はい。よく見えます」
伊藤「恥ずかしいですが、醜い部分も見えることと思います」
田中「そんなあ。きれいですよ。伊藤さん、きれいですよ」
伊藤「ありがとうございます。田中さん、画面越しに私の顔に触ってみてくれませんか」
田中「えっ、あ、はい。…………。なんだか、あの…」
伊藤「私は、田中さんが私の顔に触ってくれたということが嬉しいんです」
田中「いや、そんなこと…」
伊藤「こんな恥ずかしいこと、直接お会いしてたら、絶対できなかった思います」
田中「それはそうかもしれないけど」
伊藤「だから私は、オンラインのままのほうが、田中さんとよく分かり合えるような気がするんです」
田中「うーん。そうなのかな」
伊藤「このままがいいんです」
田中「うん、わかりました。じゃあ、またオンラインでお話ししましょう」
伊藤「ありがとうございます」
 
ピロリン、ピロリン(ミーティングから抜ける音)
音楽。モノローグが重なる。

 
田中 ――こんなふうにして、伊藤さんは会ってくれないままだ。
伊藤 ――田中さんはきっと納得してくれていないだろう。
田中 ――どうしてそこまで嫌がるのだろう。
伊藤 ――どうしてそんなにまでして会いたいのだろう。
 
音楽止まる。
 
田中「伊藤さん。あのですね、私がどうして伊藤さんと直に会ってみたいかということを考えてみたんです」
伊藤「はい」
田中「それは…」
伊藤「私に直接触れたいということでしょうか」
田中「えっ……あ、はい。どうしてわかるのですか」
伊藤「わかります」
田中「私にもよくわからないのですが、理由としてはそれしかないのだと思います」
伊藤「やはりそれしかないですね」
田中「もちろん体だけではないです。伊藤さんの吐く息にもふれたいし、髪のにおいだって嗅ぎたい。なんだか、いやらしい男みたいで情けないんですけど、会いたいという気持ちの理由を考えるとそういうことしか思いつかないんです」
伊藤「こうして、画面上で手を合わせたり、顔に触れてもらっても、だめなのですね」
田中「はい」
伊藤「正直に言ってくださってありがとうございます」
田中「そうなると、なんだか伊藤さんの体に触れるために会いたいと言っているようで、私も混乱しています。そんないやらしい目的で会いたいと思っているのだろうか。いや、そんなことはないはずで、単に伊藤さんに会いたいだけなのだけれど。でもやっぱり、直接会いたいという理由はそれしかないのではないかと」
伊藤「実は、私は田中さんが、私に触れたいから会いたいなんていうことを、もし考えているなら嫌だなと思っていたんです。そんなくらいなら、ずっとオンラインで楽しくおしゃべりしていたほうがいいんじゃないかと」
田中「そうだったのですか」
伊藤「でも、田中さんから、そのことをお聞きしたら、なんだか嫌でなくなってきました。そんなことを言うと、私の体に触れてほしいと言っているみたいで、恥ずかしいですが、そういうことではないんです」
田中「わかります。私もそういう目的で会いたいといっているわけではないんです」
伊藤「でも理由としてはそれしかないのですよね」
田中「はい、それ以外はオンラインでも支障はないから、そういうことになってしまうんんです」
伊藤「どうしますか?」
田中「どうしましょう」
伊藤「私は構いません」
田中「構いませんといいますと」
伊藤「お会いしましょうか」
田中「本当ですか? 会いたいです」
伊藤「今週の週末はご予定はありますか。」
田中「いえ、なにもありません」
伊藤「では、三井寺の風鈴トンネルでお会いしませんか。旅行になってしまいますけれど。」
田中「もちろんいいですよ。ぜひ。ひさしぶりだなあ」
伊藤「土曜日の12時でどうですか?」
田中「わかりました」
伊藤「それでは、土曜日に」
田中「土曜日に」
 
ピロリン、ピロリン(ミーティングから抜ける音)
音楽。モノローグが重なる。

 
田中 ――伊藤さんが私に会ってくれる
伊藤 ――田中さんと会うことにした
田中 ――でもなんのため
伊藤 ――でもなんのため
田中 ――やっぱりとにかく会いたい
伊藤 ――とにかく会ってみよう
 
音楽止まる。
風鈴が静かに鳴っている。

 
田中「うーん、何年ぶりだろう」
伊藤「こんにちは」
田中「ああ、伊藤さん。来てくれてよかった」
伊藤「はい、来ました」
田中「これからどうしましょう」
伊藤「どうしましょう」
 
風が吹いて、風鈴の音が強くなる。
 
田中「とにかく少し歩きませんか」
伊藤「ええ、そうしましょう」

(終わり)

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