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【映画レビュー】『バベットの晩餐会』:静かで、ささやかで、慎ましく

 ホントに静かすぎるほど静かな映画なのに、どうしてこんなにワクワクしてしまうのだろう。そんな不思議な魅力を持つ作品である。起伏のあるストーリーがあるわけではなく、事件が起こるわけでもなく、出てくる人に
誰一人として悪い人もいない。それなのにどうしてこんなにおもしろいのか、その魅力の源泉を探ってみたい。

質素に慎ましく生き続ける老姉妹

 舞台となるのは、デンマークの海辺にある本当に小さな集落。映画を見る限りだと、家が10軒くらいしかなさそうである。
 そこに暮らす老姉妹は、牧師の娘として、大切にされながら、敬虔なクリスチャンとして質素に禁欲的に育ってきた。二人にはそれぞれ、若い時に近づいた来た男性がいる。
 姉のほうに近づいてきた軍人の男性は、牧師の言葉を聞くうちに、堕落した自分を見直してくなって、姉のもとを去ってしまう。妹に近づいてきた歌手の男性は、あまりに情熱的に迫ったために、妹のほうから男性を遠ざけてしまう。
 いずれも、彼女たちを深く愛したのであるが、恋として実ることはなかった。そして老夫婦はそのまま静かに、亡くなった父のあとを受け継いで、敬虔なクリスチャンとして、多くを望まず生き続けている。
 集落では、いざこざがあったり、浮気があったり、けんかがあったりもする。老姉妹はそういったことを目にすると困ったような顔になる。でも何かができるわけではなく、本当に悲しい表情を見せるだけで、それがなんともかわいい。無力だが、欲望や争いとは無縁の、規則正しい、まさに神に捧げるような生活だ。
 映画の前半は、若い時に一度は恋の予感に心を躍らせたことを封印しながら静かに質素に慎ましく生き続ける老姉妹の様子が、淡々と描かれる。でも、ナレーションを交えながらスピーディーに話が進むので、退屈することはない。

心の奥底は描かない

 そこに、フランスのパリコミューンの混乱から国外に逃げてきたバベットという女性がやってくる。バベットが何者なのかはその段階ではわからないが、老姉妹たちとは異質の、力強い女性であることは見てわかる。それでも、老姉妹は、行く当てのない彼女の望みを受け入れ、家政婦として雇うことにする。
 バベットがやってきてからが描かれる映画の後半のクライマックスは、牧師さんの命日にフランス料理を集落の人々にふるまう晩餐会の場面である。観ている者の心を温かくしてくれる名シーンだ。
 バベットは運よく当たった宝くじのお金で、フランス料理を振舞いたいと老姉妹に申し出るのだが、老姉妹はそんなことは受け入れられないと、いったんはお断りする。そのあたりのやりとりも本当に淡々としている。それぞれの人の思いが過剰に描かれることはまったくなく、抑制された演出である。それがまた、なんとも味わい深いのだ。
 前半で綴られたエピソードも、晩餐会の中に見事に絡んで結実してくる。たとえば、老姉妹の姉をかつて愛した軍人が、将軍となって晩餐会に参加するなどである。思わず口元緩んでしまう場面がいくつもある。

淡々と描くことで味わい深くなる

 ラストでは、バベットの素性が明かされたりもするが、それとて、「こんなあっさりしてていいの?」という感じで終わってしまう。でもそれが、またなんとも言えないを残すのだ。
 もちろん、ただ淡々と描くだけで、こんなに心に残る映画になるわけではない。しかし、アピールするために過剰な装飾や心情吐露があふれる作品が多い中で、こういう映画に出会えると、逆に新鮮でとても微笑ましい気持ちになる。
 そういう映画が、ちゃんと成り立ち、成功しうることを示してくれた、この作品は偉大だと思う。

 本当に地味なのに、どの場面をとっても、慎ましくて、かわいらしくて、暖かい。そんな素敵な映画です。こんな映画は、ほかに知りません。だまされたと思ってご覧いただいても、損はしないと思います。

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