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-映画紹介-『バリー・リンドン』 私が世界で一番つまらない小説を映画にしてみました

《乱れ撃ちシネnote vol.111》

『バリー・リンドン』 スタンリー・キューブリック監督  1975年公開 イギリス・アメリカ

「死ぬまでに観たい映画1001本 第5版」選定作品

鑑賞日 2023年6月5日 U-next

【Introduction】
前回の『七人の侍』とともに我が生涯ベスト3の1本『バリー・リンドン』は映画史上に残る面白くて凄い作品です。

「死ぬまでに観たい映画1001本 第5版」にも選ばれています。
とは言えこの本の紹介欄の冒頭にも書かれているように「おそらくキューブリック作品でもっとも過小評価されている作品」でもあります。

19世紀イギリスを代表する作家ウィリアム・メイクピース・サッカレーの書いたピカレスク小説をキューブリックがシナリオに書き起こしました。
記者会見でなぜこの小説をとりあげたのかという質問にキューブリックはこう答えたそうです。
「世界で一番つまらない小説を映画にしようと思いました」

18世紀のヨーロパを舞台にアイルランドの貧しい農家に生まれたレイモンド・バリー青年がイギリスの社交界にまで上りつめそして没落していく物語です。

新宿小田急ハルクの裏手にあった新宿西口パレスのスクリーンで観たのが最初だったと思います。
日本公開は76年7月3日なので多分77年頃に観ているはず。
映画好きであるにもかかわらず68年公開の『2001年宇宙の旅』を観たのも公開後数年たってからなのでこの作品を観るまではキューブリック監督に興味がなかったんでしょう。

新宿西口パレスの前を歩いていた時にこの作品の看板を見つけそのまま何の前情報もなく観て一気に惚れ込んでしまったのです。
しかし、この作品を退屈だと思う人と驚く人とにくっきり分かれる作品だろうなとも思いました。

上映時間は185分
インターミッションを挟んだ二部構成です。

この作品以前にぼくが観た長尺物は205分の『七人の侍』と202分の『アラビアのロレンス』くらいです。
面白い作品は時間の長さを忘れさせます。ドキドキしながらスクリーンを見つめていました。

まるで泰西名画のような美しい風景をていねいに切り取って背景とし事細かに淡々と当時の英国を描写する作品です。
タイムマシーンで中世の英国を疑似体験させてくれるんです。
すべての面白い小説や映画がそうであるようにいつまでも終わって欲しくない作品でした。
それから50年ちかく経っていますが何度観たことでしょう。
観るたびにこの作品の素晴らしさに出るのはため息ばかりです。

【Story】
第一部
〈レイモンド・バリーはいかなる手段によってバリー・リンドンとしての生活と称号をかち得たか〉

遠景で切り取られた暗雲立ち込めた美しい風景の中でバリーの父親が決闘で敗れるシーンが淡々と描かれるオープニング。
母と2人で残されたバリーの波乱万丈な人生のひっそりとした幕開けです。

ウブなバリーは年上のいとこの色香にかどわかされてその気になったものの彼女はクイン大尉と婚約します。
アイルランドの田舎者で若造の農民とイングランドの軍隊の大尉では勝負になりません。いとこの家にとっては何としても娘を大尉に嫁がせなければならないのです。

大尉をもてなす会食の場で彼らの結婚が決められて乾杯となります。
バリーは乾杯せずに大尉にワインを引っかけその上イングランド人で資産家のクイン大尉に決闘を申し込みます。
十人並みの器量で行き遅れている娘が片付くことを願っていた家族はあわててとりなそうとしても謝罪を拒否するうぶなバリーです。

2人は決闘することになりました。
(このシーンで中世の決闘のしきたりが分かります)

あろうことかバリーは決闘で大尉を射殺してしまいました。
アイルランドの農民がイングランド軍の大尉を決闘で打ち負かすというとんでもないことが起こってしまったのです。バリーは逃げるようにして生まれ故郷を後にします。

生まれてから一度も故郷を離れたことのないバリーはたった一人で大都会ダブリンに向かいました。
都会への期待に胸膨らませるバリーですが森で追い剥ぎにあい全財産をとられてしまいます。

仕方なくバリーは給料がもらえるイングランドの軍隊に入隊します。
兵員の不足していたイングランド軍は応募者がアイルランド人であれどんな経歴の持ち主であれ一切厭わないほど逼迫していました。ひたすらドイツとの大戦に備えて軍隊を増強するしかありませんでした。

さて、

クイン大尉は実は死んでいませんでした。
あの決闘はみんなの策略で仕組まれた茶番だったのです。

18世紀の世界大戦とも言える7年戦争が始まりました。
英国はプロシアと同盟を結び、フランス、スウェーデン、ロシア、オーストリアと戦いました。
バリーたちはフランス軍を相手に戦います。
(当時の何百人もの戦列歩兵による戦争がとてもリアルで面白く描かれています)
このあたりがまさにタイムマシーン映画なんです。

英国の歴史の教科書ではこの当時のことは「花咲く騎士道」と華々しく語り継がれていますが実際に残されている文献によると集団強盗の記録でいっぱいです。
本作の前半は泰西名画のような美しい田舎の風景の中で語られていきます。

バリーは水浴びしている上官の軍服を盗み同盟国プロシア軍をすり抜けオランダを抜けてアイルランドへ逃げました。
旅の途中で出会ったプロシア軍に身分がバレたバリーはプロシア軍に加わります。ロシア軍での悲惨な軍隊生活を体験したバリーは悪行にも慣れていきます。

戦争が終わりました。
戦闘の最中に上官を救い出した功績によりバリーは金貨二枚を授与されます。
彼に救ってもらった大尉が叔父の警察長官にバリーの話をすると感心した長官はバリーを軍隊から警察本庁勤務を命じます。
そしてバリーと同郷のアイルランド人で博打打ちの遊び人シュバリエ・ド・バリバリ伯爵(パトリック・マビー)がスパイの疑いがあるので調査を命令されます。

バリーはシュバリエ伯爵の召使いとなります。
バリーは異国で同国人に会った懐かしさでつい自分がスパイであることをシュバリエに白状してしまいますが同じように祖国を追われたシュバリエはバリーの話に感動して彼を受け入れることにしました。
バリーはシュバリエと打ち合わせて警察に虚偽の報告を警察します。

召使いに成りすましたバリーはシュバリエのインチキ賭博の片棒を担ぐことになりオーストリアを追われた二人は欧州中で荒稼ぎをします。
大金持ちになったバリーが次に望んだのが地位と名声です。
なんとしても自分も爵位を持ちたい。
バリーの権力に対する上昇志向は膨らむばかりです。

1時間42分経ちました。
ここでインターミッションです

第二部
〈次々と降りかかる不運と災厄について〉

バリー・リンドンの結婚。
病弱なチャールズ・リンドン卿の若い妻レディー・リンドン(マリサ・ベレンソン)に出会ったバリーは彼女を籠絡します。
リンドン卿の死から一年後。
バリーはリンドン卿の未亡人レディー・リンドンと結婚しついに爵位と名声を手に入れます。
自力で上流社会の頂点に這い上がり、英国王の許可を得て新婦人の称号リンドンを名乗ることになりレドモンド・バリーはバリー・リンドンを名乗ることができました。

しかし、
自分の母親を愛しておらず財産目当てに結婚したバリーのことをレディー・リンドンの息子ブリンドン子爵(レオン・ヴィタリ)は心から憎んで反抗していました。

レディー・リンドンとの間にバリーの息子ブライアンが生まれました。
封建的な考えを持つバリーは女の幸せは子供の世話をすることで世俗的な楽しみとは無縁な生活を送るものだと固く信じていますので2人の生活は全く別々になってしまいました。

バリーはブライアンを溺愛します。
バリーの母親はバリーがレディー・リンドンに捨てられるようなことがあったら一文無しになってしまうこことを案じていました。
レディー・リンドンの署名がなければバリーは一切財産を使えないからです。
それを防ぐためにはバリー自身が貴族の称号を得るしかないと母親に諭されたバリーは金に糸目をつけず信頼できる友人や知人を誘って毎夜パーティーを催し、お金をばらまき、破格の金額で知人の土地を買い、地位の高い知り合いには袖の下を渡します。

地位の高い人々は誰もそれを断らずに受け取りますが誰一人としてバリーが貴族の称号をとれるような計らいはしてくれません。
バリーのもとには毎日毎日莫大な請求書が届き、レディー・リンドンの財産を圧迫し続けました。

ある日不幸な事故でバリーが溺愛していたブライアンが死んでしまいます。
悲しみで連日泥酔したバリーを優しく介護するのは母親だけでした。
宗教にのめり込んだ妻は時に狂乱状態となり挙げ句服毒自殺未遂をします。
ひたすら酒に溺れるバリー。
リンドン家の実務を取り仕切る自分の母親を廃人のような病人に追い込んだバリーとその母親に対するブリンドン子爵の憎しみがついに爆発します。

バリーとブリンドン子爵つまり親子の決闘です。

決闘に負けたバリーは片足を失い生涯年金をもらい続けることを条件に母とアイルランドに戻りました。

【Trivia & Topics】
*音楽の楽しみ。
キューブリックはどの作品でも規制曲を効果的に使います。
選曲のセンスが抜群です。
『2001年宇宙の旅』(1968)ではR・シュトラウスの《ツァラトゥストラはこう語った》やJ・シュトラウスの《美しく青きドナウ》を、
『時計じかけのオレンジ』(1971)ではベートーヴェンの第9交響曲を、『アイズ・ワイド・シャット』(1999)ではショスタコーヴィチの《ワルツ第2番》を、『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』ではスタンダード・ナンバー「また会いましょう」を、『シャイニング』では、バルトーク、リゲティ、ペンデレツキの作品を。

『バリー・リンドン』で流れる印象的なアイルランド民謡は後にローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニーを始め多くのロックミュージシャンとの共演で有名なアイルランド民謡の伝統音楽グループのザ・チーフタンズです。
いくつものアカデミー賞を受賞したこの作品でザ・チーフタンズは一気に有名になりました。

⬆ 「アイルランドの女」 ザ・チーフタンズ。本作でとても印象的に使われています。

⬆ ヘンデルのサラバンド オープニングの音楽です。

⬆ BARRY LYNDON... FRANZ SCHUBERT...Piano Trio In E Flat Op.100. 随所に使われるシューベルトのピアノ・トリオです。

ちなみに本作に使われた楽曲はこれです。
アイルランド民謡、チーフタンズ、ブリティッシュ・グレナディアーズ、ホーエンフリートベルク行進曲、ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲ホ短調RV.409から第3楽章、ヘンデル:組曲第11番ニ短調HWV.437〔第2集第4番〕からサラバンド、J.S.バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲第1番ハ短調BWV.1060から第2楽章 、パイジエッロ:オペラ「セビリアの理髪師」より、モーツァルト:オペラ「イドメネオ」K.366から行進曲、シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番ホ長調D.929, Op.100から第2楽章、シューベルト:5つのドイツ舞曲より第1番ハ長調D90-1。

音楽だけでも十分に楽しめますが、

*映像の楽しみ。
キューブリックは当初ナポレオン・ボナパルトの映画化を計画していましたが予算が折り合わず、代わって製作されたのが本作です。
時代考証、ライティング、美術、衣装、すべてに完璧主義者なキューブリックは見事に18世紀という時代を再現しています。
この時代の雰囲気を忠実に再現する(19世紀当時の夜間お屋敷の室内ではローソクの火しか照明がなかった)ために室内の夜間シーンはロウソクの光だけで撮影出来る解像度を持つ(人間の目よりも明るい)レンズ(カール・ツァイス製「プラナー50mmF0.7」)をNASAから調達して改造しました。

*アカデミー賞の撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣裳デザイン賞を受賞ています。
世界で一番つまらない小説が原作であれこれだけテクニカルな賞を受賞した作品を観ないのはもったいないと思います。

*ラスト・シーンの切なさ。
決闘で片足を失いアイルランドに母親と戻り消息不明となってしまったバリー・リンドンからは定期的に年金支払の請求書が届きます。
「1789年分の年金500ギニーをレイモンド・バリーにお支払いください」
ゆっくりと羽ペンでサインを書きながら昔を懐かしむようにレディー・リンドンは虚空を見つめます。
息子のブリンドン子がじっと母親を見つめます。
なんと切ないしシーンでしょうか。
レディー・リンドンを演じたマリサ・ベレンソンの美しさはこの上ありません。

*エンディング・クレジットについて。

これはジョージ3世の治世
その時に争った人々の物語
美しい者も醜い者も
今は同じあの世

エンデイング・タイトルで陳腐な勧善懲悪などではなくみんな同じでしょと結論づけるキューブリックは素晴らしい!

*観るたびに涙が込み上げます。
映画館のスクリーンで、TVの深夜劇場で、DVDで、リマスターDVDで、配信で、何度も何度もこの作品を目にしては毎回涙しています。
なんて面白い映画なんだろう。
映画が好きで良かった。
これだけ映画を愛した監督が他にいるんだろうか・・・。

【5 star rating】
☆☆☆☆☆
(☆が足りないくらいです)
(☆印の意味)
☆☆☆☆☆:超お勧めです。
☆☆☆☆:お勧めです。
☆☆☆:楽しめます。
☆☆:駄目でした。
☆:途中下車しました。

【reputation】
Filmarks:☆☆☆★(3.8)

Amazon:☆☆☆☆

u-next :☆☆☆☆



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ということで、
次回はこの映画で人生が狂ってしまった男の物語です。

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