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-映画紹介-『船を編む』  君は「右」という言葉を説明できるかい?

《乱れ撃ちシネnote vol.26》


『船を編む』 石井裕也監督 2013年公開

【Introduction】
昨日の『家族ゲーム』はアクション映画で活躍していた松田優作が三流大学の7年生で家庭教師の役というキャスティングが意表をつき、優作はみごとに個性的な演技を発揮しました。

蛙の子は蛙。優作の息子も素晴らしい俳優として活躍しています。
今回は松田優作の長男松田龍平の作品です。
瑛太との『まほろ駅前多田便利軒』や、

大泉洋とコンビを組んだ『探偵はBARにいる』シリーズの

松田隆平のひょうひょうとした外しっぷりが大好きです。

ですが彼のおすすめ映画としては、辞書の編集がどれだけ大変な作業か、どれほど気が遠くなるような時間がかかるのか、その仕事に一生を捧げている編集者はどんな人格なのか、ということをユーモラスに描いた『船を編む』にしましょう。

【Story】
玄武書房本館の隣に蔦がからんだ古めかしい建物がある。
玄関には[玄武書房旧館 辞書編集部・倉庫]と書かれています。
この古〜〜〜い建物内の辞書編集部に勤務しているのは、
38年間辞書編集一筋のベテラン荒木公平(小林薫)、入社5年目の編集部員西岡正志(オダギリ・ジョー)、契約社員で事務作業を一手に引き受ける佐々木薫(伊佐山ひろ子)、現在進行中の辞書「大渡海」の監修者の老国語学者松本朋佑(加藤剛)の4人だ。
定年を前にして荒木は病気の妻を介護するために早期退社を決意する。
荒木に全面的な信頼を寄せている松本は引き止めるが荒木の決心は堅かったが必ず社内からふさわしい人材を探してきますと松本に約束する。
とは言え辞書編集という地味な仕事に興味を持つ編集者は見当たらない。
ある日西岡が生真面目だが著しくコミュニケーション能力に欠けて営業部で一人浮いている男がいますけど・・・と荒木に伝える。
早速二人は営業部にその男を見に行く。
彼らが営業部に顔を出したとき上司に呼ばれたその男は書店から注文がとれないのはどういうことだと叱られている最中だった。
そのやりとりを見ていた荒木はその男馬締光也(松田龍平)を呼び出して質問する。
荒木
「馬締(まじめ)君、君は大学院で言語学を専攻していたらしいね。それなら“右”という言葉を説明出来るね」

馬締
ぶつぶつ言いながら手を色々動かしながら考え、
「西を向いた時に北にあたる方を右と言います」と答え、
二人を無視して自分のデスクで辞書を開いて調べる。

西岡
その様子を見ながら、
「あれは駄目でしょ。コミュニケーション力ゼロでしょ」
と荒木にささやく。

荒木は馬締を辞書編集部に引き抜いた。

辞書編集部の資料室には今までに集めた100万語以上の言葉がファイルされていた。
彼らが完成を目指す中型辞書「大渡海」は見出し語数およそ25万語の“今を生きる辞書”というのが監修者松本の方針だった。
デジタルの力で社会が劇的に変わる。それにより新しい言葉や概念があふれることになる。最近はやりの若者言葉も積極的に採り入れた今を生きた辞書をつくるのだ。
例えば、ら抜き言葉。
見られるや来られるを見れるや来れると“ら”を抜く言い方をNHKのアナウンサーでさえ口にする。
これらの語も誤用という注釈つきで掲載するのが松本が心血を注ぐ「大渡海」だった。
日中も陽の当たらない薄暗くてほこりっぽい編集部を舞台にして様々なドラマが展開する。
用例採集という言葉拾いから始まるとことん地味な編集作業の積み重ねによって彼らが情熱を傾けた辞書「大渡海」は15年後に発売されることになった。

【Trivia & Topics】
*馬締の下宿先。
学生時代から10年間馬締が下宿している叔母(渡辺美佐子)の家の昭和臭さがたまりません。
馬締が集めた本の山にうまるその家は編集部の薄暗さにも負けないほど古くて古本のホコリにまみれた家です。

*まさにかぐや姫!
お月見の夜馬締が部屋で仕事をしていると外でしきりにトラちゃんが鳴いていました。トラちゃんは馬締が餌の面倒をみているノラちゃんです。
あまりしつこく鳴くので心配になった馬締は声の聞こえる2階の物干しまで見にきました。
トラちゃんは満月の光を浴びた美しい女性に抱かれていたのです。
その女性を一目見た馬締は腰を抜かしてしまいます。
「わたしは香具矢、どうぞよろしく」
林香具矢(宮崎あおい)が登場するこのシーンは美しい。
そして香具矢の問いかけにしどろもどろにとんちんかんに答える馬締が最高です。

*濃いキャラクターたちから湧き出るハーモニー。
・馬締が腰を抜かすほど一目惚れした香具矢(宮崎あおい)。

・軽口ばかりたたいているチャラ男西岡正志(オダギリ・ジョー)。

・口数は少ないが目端の効く女事務員佐々木薫(伊佐山ひろ子)、

・辞書づくりに一生を捧げている先輩荒木公平(小林薫)、

・暖かく馬締を見守るタケ叔母ちゃん(渡辺美佐子)、

・最先端のファッション誌から配属された岸辺みどり(黒木華)、

・オダギリー・ジョーの社内恋愛の相手三好麗美(池端千鶴)、

・辞書監修者の松本朋佑(加藤剛)。

見事なキャスティングから美しいハーモニーが奏でられます。

*田舎者と都会人。
京都で板前修業を終えて東京に修行に出てきた香具矢と全く人とコミュニケーションがとれないバカ真面目で不器用な馬締。
二人が下宿で食事をするシーンで都会の女と田舎者の男のコントラストが描かれています。

*辞書づくりについて。
これは映画と関係なく余談です。
一冊だけ「ビートルズ海賊盤辞典」という辞書をプロデュースしたことがあります。

「ビートルズ海賊盤辞典」著者松本常男(昭和60年10月15日発行 講談社文庫刊)

文庫としては破格の850ページを超える本で編集作業に足掛け3年以上かかりました。
世の中に出回っているビートルズの海賊盤を網羅したいという著者の意気込みでスタートしました。
しかし編集を始めるとこれは不可能だということを思い知らされました。
編集作業をすすめているうちに新しい資料が発掘され過去のデータの間違いが指摘され、新たな海賊盤も続々と発売されます。
いったいどこで区切ればいいのか。
著者はビートルズマニアですから新しいデータが見つかればそれに差し替えるのでいつまで立っても校正刷りは真っ赤です。
あまりにも訂正が多いので全部版をつくりなおすこともありました。

講談社さんも著者も編集した我々も誰の手元にも利益は残りませんでした。こんな無謀なことをぎりぎりまでやらせてくれた講談社の編集者の方に今でも感謝しています。

というように辞書づくりは緻密でいながら地味で膨大な時間がかかるんです。

*「大渡海」出版記念パーテイーの席上で。
15年かけて編集した「大渡海」の出版記念パーティーの席上で荒木と馬締は話合います。
馬締
「荒木さん、明日から改定作業を始めます」

果てしなく編集作業は続きます。

*「大渡海」発売記念ポスターのモデル。
ちらっと画面に映るポスターのモデルは麻生久美子さんです。

*この映画の原作。
三浦しおんが2009年11月号から2011年7月号まで雑誌「CLASSY」に連載した小説です。
2011年9月に光文社より単行本として発売され2012年本屋大賞受賞。発行部数70万部を突破した大ベストセラー小説です。

*本作品の受賞歴。
・第5回TAMA映画賞[16]
最優秀男優賞(松田龍平)※『探偵はBARにいる2』『北のカナリアたち』の演技と合わせて
最優秀新進女優賞(黒木華)※『シャニダールの花』『草原の椅子』の演技と合わせて

第38回報知映画賞
作品賞
主演男優賞(松田龍平)
助演女優賞(池脇千鶴) ※『凶悪』『潔く柔く』の演技と合わせて。
・第35回ヨコハマ映画祭
2013年日本映画ベストテン第2位
最優秀新人賞(黒木華)

・第26回日刊スポーツ映画大賞
 作品賞
 主演男優賞(松田龍平)
 新人賞(黒木華) ※『草原の椅子』の演技と合わせて。

・2013年度SARVH賞(孫家邦、菊地美世志)


・第9回サンスポなにわ映画大賞1位

・2013年度日本映画ペンクラブ賞1位

・2014年エランドール賞
 映画部門 プロデューサー奨励賞(孫家邦)

・第87回キネマ旬報ベスト・テン

 日本映画ベスト・テン第2位
 日本映画監督賞(石井裕也)
 主演男優賞(松田龍平)
 新人女優賞(黒木華)※『シャニダールの花』『草原の椅子』『くじけないで』『まほろ駅前番外地』の演技と合わせて
 読者選出日本映画ベスト・テン第1位

・第37回日本アカデミー賞
 最優秀作品賞
 最優秀監督賞(石井裕也)
 最優秀主演男優賞(松田龍平)
 最優秀脚本賞(渡辺謙作)
 最優秀録音賞(加藤大和)
 最優秀編集賞(普嶋信一)
 優秀主演女優賞(宮﨑あおい)
 優秀助演男優賞(オダギリジョー)
 優秀音楽賞(渡邊崇)
 優秀撮影賞(藤澤順一)
 優秀照明賞(長田達也)
 優秀美術賞(原田満生)
 新人俳優賞(黒木華)

・第68回毎日映画コンクール[27]
 日本映画大賞
 男優主演賞(松田龍平)
 監督賞(石井裕也)
 美術賞(原田満生)

・映画芸術 2013年日本映画ベストテン&ワーストテン・ベストテン3位

・ムービープラス・アワード 2013
 映画ファン大賞邦画部門 第3位
 映画ファン大賞俳優賞3位(松田龍平)
 映画スペシャリスト大賞俳優賞1位(松田龍平)

・第23回東京スポーツ映画大賞
 作品賞
 主演男優賞(松田龍平)
 新人賞(黒木華)※『草原の椅子』の演技と合わせて

・芸術選奨新人賞
 映画部門(石井裕也)

・第23回日本映画批評家大賞
 作品賞
 主演男優賞(松田龍平)

・第56回ブルーリボン賞
 新人賞(黒木華)


【5 star rating】
☆☆☆☆
(☆印の意味)
☆☆☆☆☆:見事な作品
☆☆☆☆ :面白い作品
☆☆☆  :平凡な作品
☆☆   :残念な作品
☆    :退屈な作品

【reputation】
Filmarks:☆☆☆★(3.8)
https://filmarks.com/movies/52913

Amazon:☆☆☆☆★(4.4)
https://www.amazon.co.jp/%E8%88%9F%E3%82%92%E7%B7%A8%E3%82%80-%E6%9D%BE%E7%94%B0%E9%BE%8D%E5%B9%B3/dp/B00GCHGF72/ref=sr_1_1?crid=3D90FQMQIMUET&keywords=%E8%88%9F%E3%82%92%E7%B7%A8%E3%82%80%E6%98%A0%E7%94%BB&qid=1673085975&s=instant-video&sprefix=%E8%88%9F%E3%82%92%E7%B7%A8%E3%82%80%2Cinstant-video%2C288&sr=1-1
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次回は本作品の監督石井裕也作品か、宮崎あおい出演作か、オダギリ・ジョー出演作かで悩むところですが・・・



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